やまがた橋物語

赤川編第1部[12]

◆櫛引橋(鶴岡)

櫛引橋(鶴岡)の写真 橋を渡って元気に下校する櫛引南小の児童たち=鶴岡市・櫛引橋

 六十里越街道の庄内側の登り口である鶴岡市の松根地区と、果樹園が広がる西片屋地区を結ぶ「櫛引橋」。新設は旧村合併時、架け替えは国体の時と、画期的な出来事と密接にかかわっている。

 橋建設は、鶴岡市街に向かう際、渡し舟に頼っていた旧黒川村松根集落にとって悲願だった。一九五四(昭和二十九)年、岸を隔てた旧黒川村と旧山添村が合併し、櫛引村が誕生。合併効果として橋計画が持ち上がり、六二年に近代的な鉄筋コンクリート製の初代橋が出来上がった。

 二年後に櫛引南小が誕生。松根地区の児童は櫛引東小から南小に移ることになり、橋は通学路になった。「地域の宝」を後世に伝える活動を行う松根塾の渡部強さん(53)は当時三年生。「それまで東小で使っていたいすは新品で、橋を渡って新校舎まで運んだ。忘れもしない東京五輪の年だった」と懐かしむ。

 松根の渡しは、弘法大師が訪れた言い伝えから別名「弘法渡し」。赤川では最後に残った渡し舟でもあった。前松根地区長の五十嵐久松さん(72)は子どものころ、祖母の実家へ遊びに行く際に乗った。「船頭さんの小屋が西片屋側にあって、松根から乗る場合は『おーい』と声をかけて呼んだ。舟は両岸を結んだワイヤロープをたどって行き来し、雪解けや長雨で水かさが増すと赤い旗が立てられていた。それが出航しない合図だった」とリアルな描写で思い起こす。

 現橋は九二年の「べにばな国体」に合わせて完成。延長一九八・七メートルの欄干にあしらった果物のマークが特徴だ。橋のはるか西側、夕暮れ近い母狩山を眺めていると、下校途中の松根っ子が声を響かせて渡ってきた。

2008/08/07掲載

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