やまがた橋物語赤川編第2部[8]◆尾浦橋(鶴岡)
鶴岡市の大針、下田沢の両地区を結ぶ新尾浦橋。子どもたちのスクールバスの停留所もある
鶴岡市(旧朝日村)の大針、下田沢の両地区を結ぶ尾浦橋。新旧の橋二本が、百メートルほど離れた場所に並んで架かっている。旧橋も通行は可能だが、ほとんどの車と人は県道の新橋(全長六十メートル、幅十メートル)を行き交う。 旧朝日村の広報紙「村報あさひ」は、この地に架橋されたのは豊臣秀吉が死去した一五九八(慶長三)年ごろではないかと伝えている。江戸時代の半ばに洪水で橋が流失。架け直すための材料が不足した経験から周辺に杉が植林され、住民が守り育ててきたとされる。裏付けるように、かつて県道脇からたくさんの杉の切り株が見つかったという。 旧橋は一九二八(昭和三)年に完成した。八七年に新橋ができるまでの間、県道の橋として住民の生活を支えてきた。だが、幅が四メートルほどしかなく「トラックと擦れ違うのが怖くて、いつも譲り合っていた」と近くに住む会社員、佐藤正次さん(54)。新橋ができ、交通の流れは格段にスムーズになった。同時に、市道となった旧橋を通るメリットは少なくなり、現在も通行する車はまれだ。 新橋のたもとにバス停がある。路線バスのほか、隣の松沢地区の小中学生を乗せるスクールバスが毎朝、停車する。この日は、朝日大泉小に通う五人の児童がバスを待っていた。到着すると、運転手に元気な声であいさつしながら乗車。バスはUターンし、学校へと向かった。 橋の上に立つと、すぐ近くまで迫る山々に圧倒される。数十メートル下には「ゴーゴー」とうなりを上げる赤川。時折、急流が岩にぶつかり、水しぶきが舞っていた。 2008/09/10掲載
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