やまがた橋物語

京田川編[17]

◆翠橋(鶴岡)

翠橋(鶴岡)の写真 羽黒山へと続く県道にある翠橋。かつては出羽三山神社への参拝者が行き来した=鶴岡市添川

 鶴岡市添川地区を南北に通る県道羽黒立川線に翠橋(長さ16.5メートル、幅6メートル)はある。小さな橋だが、その歴史は古い。橋を渡って南に進むと羽黒山へと続くその道は、古くは出羽三山神社の参道としての役割を担っていた。

 現在の翠橋は1965(昭和40)年に完成。いつごろから現在の場所に橋が架かっていたのかは不明だが、藤島郷土研究サークルのメンバーで、近くの上林幹夫さん(72)は「羽黒山の開山までさかのぼるのでは」と話す。

 中世の添川地区の検地帳には、「-坊」と記された家が多数見られ、同地区が当時、宿坊街として栄えていたことが分かる。また、1912(大正元)年に郷土史家の鈴木盾三がまとめた「添川郷土資料」には、添川を通る参拝者が京田川でみそぎをしてから参拝していたことが記されており、翠橋の“向こう側”は神聖な土地であり、翠橋は神の領域と添川地区を結ぶ役割があったことがうかがえる。

 「翠橋」の名前の由来は定かではない。1976(昭和51)年の河川改修工事に伴い伐採されてしまったが、橋のたもとには「参宮の松」と呼ばれるアカマツの大木があった。また、以前はヤマメやイワナが釣れるほど川にはきれいな水が流れていたといい、上林さんは「川面を覆うように枝を伸ばした松の緑色が、清い川の流れに映えていたことが名前の由来ではないか」と推測している。

 宿坊街としての機能は次第に薄れ、添川地区を参拝者が行き来することはなくなった。上林さんは「橋を見ると、みそぎをして羽黒山を目指した人々の姿が目に浮かぶようだ」とかつての橋の姿に思いをはせていた。

2010/02/03掲載

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