やまがた橋物語

京田川編[18]

◆向前橋(鶴岡)

向前橋(鶴岡)の写真 雪に覆われた向前橋。山水画のような白と黒色の風景の中で、朱色の橋がひときわ目立つ=鶴岡市羽黒町

 鶴岡市羽黒町の手向地区から羽黒山の山頂、月山、湯殿山を合わせた三山の神を祭る出羽三山神社三神合祭殿へと向かう途中、祓(はらい)川に架かる朱色の向前橋が目に飛び込んでくる。山や木々が雪に覆われ、山水画のような白と黒の風景の中で、ひときわ存在感を示している。

 向前橋は、1958(昭和33)年5月に完成。車で羽黒山頂に向かう参拝者や観光客の増加に伴い、それまで祓川に架かっていた木製のつり橋を架け替え、砂防ダムを兼ねた長さ42メートル、幅5.5メートルのコンクリート製の橋になった。

 出羽三山山岳宗教研究所主幹で山伏でもある後藤赳司(たけし)さん(57)=同市羽黒町手向=は「あの場所には江戸時代から橋があるが、元の名前は河前橋(かわまえばし)だったんだよ。今の橋になったときに名前が変わった。たぶん聞き違いと羽黒山に向かう前に通る橋という思い込みがあったのかも…」と笑う。

 もともと、月山や湯殿山への「お山駆け」の近道として祓川に木を渡していた向前橋。大正時代につり橋となった。後藤さんが昭和30年前後のつり橋でのエピソードを紹介してくれた。観光道路としての役割が大きくなり、バスで羽黒山に向かう参拝者が急増。しかし、木製で強度に不安のあるつり橋のため、橋の前で大人の乗客はバスを降り、歩いて橋を渡ったという。

 「何でもスピード重視の現代では考えられない。でも誰ひとり文句を言う人はいなかった。人々の心にゆとりがあったんですよ」と後藤さん。今、コンクリートになった橋の上を多くの車が行き交う。神聖な山と俗世界を分ける祓川。「向前橋は二つの世界を結ぶ懸け橋であり、神聖な山に入る象徴であることは、昔も今も変わらない」と話す。

2010/02/04掲載

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