やまがた橋物語

京田川編[9]

◆西袋橋(鶴岡)

西袋橋(鶴岡)の写真 雲の間から日が差し始める朝の西袋橋。近くにはJR羽越本線の鉄橋があり、普通列車が走って行った

 主要地方道余目温海線の西袋橋(長さ58.4メートル)は庄内町西袋と鶴岡市長沼を結び、JR羽越本線の鉄橋と並行して架けられている。歴史は古く、江戸時代は松山藩主が宗家の荘内藩を行き来する重要な橋だった。だが一方で、かつては暴れ川だった京田川の水害で幾たびも流失の危険にさらされてきた。

 郷土史「西袋の歴史と民俗」によると、庄内で最も古い「正保絵図」(1644年)に西袋橋の記載があり、この時代は舟の上に板を渡した浮橋だったという。本格的な板橋ができたのはこれより少し後代で、元禄年間には橋の流失を防ぐため橋守が置かれ、橋のたもとに「橋之脇」の集落ができたとされる。

 西袋橋がコンクリート永久橋となったのは1929(昭和4)年。西袋自治会長の成沢孝雄さん(64)は「子どものころ、橋の上でけんかごまをした」と話す。昭和20年代後半はたまに木炭バスが走るぐらいで、今のように車が通る心配はなかった。橋は子どもたちの格好の遊び場だった。

 2代目の永久橋は72年、県道改修に伴い旧橋の下流約100メートルに架設。88年、京田川の堤防工事に合わせて現在の橋が造られた。西袋橋の架け替え工事で移転対象となり、2度も転居を経験した奥泉照子さん(69)=庄内町西袋=は橋が見える場所でたばこ屋を営む。もともとは対岸の旧藤島町の出身。「この辺は土地が低く、川がはんらんすると道路が冠水して湖になった。小学校のころ、祖父の川舟で学校に通った」と振り返る。

 66年の豪雨の際は住民が鉄橋に上り、避難したことも。奥泉さんは「今は洪水の心配もなく、穏やかに暮らせる。何とか商売を続けていければいい」と語った。

2010/01/22掲載

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