やまがた橋物語

前川編[1]

◆泉川橋(上山)

泉川橋(上山)の写真 須川との合流地点に架かる泉川橋=上山市泉川

 南陽市新田を源流とし、上山の市街地を経て同市北部で須川と合流する前川。かつては豪雨のたびに水があふれる暴れ川として知られ、江戸時代には上山城の「天然の堀」として重要な役目を果たしたとも伝えられる。合流付近から上流へとたどり、この川に架かる20の橋を紹介する。

 前川と須川が合流する上山市の泉川地区には三つの橋がある。前川側の「泉川橋」(全長33.7メートル)と、須川側を結ぶ「泉川大橋」(同60メートル)、さらに橋と並行して架かる歩道橋だ。泉川橋が完成したのは1975(昭和50)年。地区住民にとって集落と市街地を結ぶ重要な交通路になっている。

 地名の由来は、湿地帯に小規模な泉が点在していたためとされる。戦後まで二つの川の合流地点は現在よりも数百メートル上流にあり、前川は「宮川」、須川は「東河原」と呼ばれていた。二つの川は時々はんらんし、一帯は大きな被害に遭った。住民総出で川岸にくいを打ち込み、木を渡して造った橋は、豪雨のたびに流出した。川の東側には、あふれた水をせき止めるために使われた2本の石ぐいが今も残されている。

 52年の河川改修で一帯に堤防が築かれ、川の合流地点は現在の位置に。洪水被害は減少したものの、67年には大干ばつに襲われた。同地区に住む枝松寛さん(81)は「名古屋から水揚げポンプを仕入れ、川の水を水田に引いたことを思い出す」と当時の苦労を振り返る。

 前川と須川の東岸にある同地区の住民は、対岸に位置する市中心部や温泉街に至る大切な生活路線として橋を重宝してきた。枝松さんは、風呂のある家がまれだった60年代のころを懐かしく思い出すという。農作業で疲れた体を癒やすために、家族や集落の仲間と連れ立って毎晩、共同浴場を目指して歩いた。「カランコロンというげたの音が集落に響いていたのを思い出す。温泉に入るのが住民の楽しみの一つだったし、そのために橋はなくてはならないものだった」

2010/03/02掲載

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