やまがた橋物語

馬見ケ崎川編[2]

◆諏訪橋(山形)

諏訪橋(山形)の写真 モノトーンの風景の中、赤い欄干が際立つ諏訪橋=山形市渋江

 「諏訪橋」は、主要地方道山形羽入線に架かり、交通量が多い。朱色の欄干と親柱の上部を飾る銅製の擬宝珠(ぎぼし)・宝珠頭が特徴的だ。

 農作業用として架けられていた小さな田中橋と渋江橋を統合し、一九六七(昭和四十二)年に架設された木橋が初代で、現在の橋(九六・五メートル)は二代目。一九八九年に完成した。

 現橋が架設される際、田中と渋江両集落の代表で諏訪橋建設委員会を組織。明治公民館館長・小林利也さん(66)の父、利有さんが会長を務め、山形市建設部との話し合いを進めた。当時のことを知る小林庄一さん(86)は「新しくなる橋は、素っ気ない橋ではなく、朱色の欄干と銅製の擬宝珠(ぎぼし)・宝珠頭をあしらって古風な趣のあるデザインにしてもらいたいと、委員会のメンバーは何度も市に嘆願した。実現してよかった」と話す。さらに利也さんは「生前、父は立派な橋に生まれ変わったのをとても喜び、自ら写真を撮影して記録していた」と懐かしむ。

 橋の近くの川沿いに諏訪神社が立つ。明治地区郷土史によると、天文年間(一五三二-一五五五年)、最上義光の祖父で中野城城主の中野義清があつく信仰。一五九二(文禄元)年には、最上義光が豊臣秀吉の木像を奉納し、戦勝祈願をした。度重なる馬見ケ崎川(白川)の大洪水に耐えて残った大ケヤキの神木を使い、一八七七(明治十)年に改築したのが現在の社殿だ。五穀豊穣(ほうじょう)や身体堅固を願う住民らが「おすわさま」と言い習わして崇敬しており、地域の祈りの象徴である「諏訪」の文字を橋の名に冠した。

2009/01/28掲載

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