やまがた橋物語最上川第5部[7]◆糠野目橋(高畠)
一日中交通量が多い糠野目橋。夜には最上川の上に“光の川”が流れる=高畠町
南陽市から国道13号を南に向かうと、全長百八十八メートルの糠野目橋に差し掛かる。幅七メートルのコンクリート橋で、一九五六(昭和三十一)年八月に完成。旧名称は「松川橋」で、現在の橋の完成と同時に改称になった。 「糠野目水辺の楽校」として整備された付近の河川敷は、江戸期には最上川舟運の最終舟着き場として栄えた。糠野目橋は一八七八(明治十一)年、現在の橋から約百メートル下流に初めて架橋。主要道路にあったことから、八一(同十四)年から一時通行が有料化された。 近くに住む糠野目生涯学習館の前館長、槙憲一郎さん(74)は、先の終戦直後、進駐軍が小型四輪駆動車で列を成し、橋を渡っていた光景を鮮明に覚えているという。当時の橋は土橋で、穴が開いた個所をいたずらして大きくし、大人に怒られたこともあった。 欄干が完全に固定されていなかったことに加え、当時から交通量が多く「かなり怖い橋だった」と槙さんは話す。糠野目橋が完成した翌年の一九五七(昭和三十二)年七月、子どもたちの安全を守ろうと、槙さんの父親らが旧橋があった場所に幅約一メートルの板橋を架けたが、大雨で一カ月もたたないうちに流失。十二年後の六九(同四十四)年四月に糠野目橋の西側に歩道用の橋が、九三年三月には同じく東側に自転車用の橋が架けられ、歩行者や自転車の安全が確保された。 昼夜問わず、乗用車や大型トラックが行き交う糠野目橋。今も昔も置賜地方と県内各地をつなぐ橋として、その役割を担っている。 2007/09/12掲載
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