やまがた橋物語

置賜白川編[9]

◆川内戸橋(飯豊)

川内戸橋(飯豊)の写真 川内戸地区の人の生活を支えてきた川内戸橋。雪化粧した飯豊連峰を背景に赤が映える

 名峰飯豊山が蓄えた白川の水は、魚や水生植物の生命をはぐくむだけでなく、農業用水として一帯に住む人々の生活を支えてきた。そんな白川の水と同様、川沿いを通る県道と白川右岸の川内戸集落をつなぐ川内戸橋は、住民にとって大切な役割を果たしている。

 白川右岸の川内戸集落には、八世帯に三十人ほどが暮らす。川沿いに二本の橋が架かるが、つり橋は原則車両の通行が認められておらず、住民にとって車で県道に渡れるのは川内戸橋だけ。さらに水道管も通っており、橋の決壊は「半孤立」を意味するだけでなく、ライフラインの寸断にもつながる。

 一九六四(昭和三十九)年にできた橋は、六七年の水害で左岸側の土手部分が削り取られ、集落は孤立した。水道管も破損し「数カ月の間、沢水で暮らした」と、役場職員の大友俊治さん(57)=川内戸=は振り返る。二〇〇六年七月の水害でも水道管が欠損し、集落は一時、断水した。

 現在の橋は長さ三八・六メートル、幅三メートルで、六七年の水害で削り取られた土手を補う形で継ぎ足して使われている。橋の近くには、戦前に集落の人が祭ったという高さ約四十センチの地蔵が四体並ぶ。出産や初節句などで訪れる人が増え、住民らはいつしか「子育て地蔵様」と呼ぶようになった。

 また、一九九〇年代前半ごろまでは、子どもたちが活発に泳ぐ姿が見られた。カッパ淵と呼ばれる水深三メートルほどの場所にはイワナやハヤが泳ぎ、子どもたちはそれを捕って成長。そして、遊びを通じて人間関係を学んだ。川は身近な先生でもあった。

2008/01/31掲載

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