やまがた橋物語

須川編第1部[5]

◆三河橋(山形、山辺)

三河橋(山形、山辺)の写真 モニュメントが車のライトに照らされる夕闇の三河橋=山形市志戸田

 夕暮れ時、山形市内から山辺町に向かうと、「三河橋」を渡ってすぐに左折する車が目立つ。その多くの目的地が山辺温泉だ。三河橋は、山辺温泉がわき出した一九八一(昭和五十六)年に架けられた。

 山形市の志戸田地区と山辺町の三河尻地区との間に初めて橋が架かったのは一九一〇(明治四十三)年。木造で、現在の三河橋より約三百メートル下流にあった。

 その橋の下では秋になると芋煮会が催された。志戸田を含む金井地区町内会連合会長を務める細谷仲造さん(69)=山形市志戸田=は「戦後の食糧が乏しい時代。芋煮会は地域住民の楽しみで、サトイモと牛肉の代わりに、ジャガイモとイカを入れたんだ」と懐かしむ。

 また、「子どものころは現在の三河橋周辺でよく泳いだ」と話す。「水は透き通ってきれいなのに、顔を入れると目にチカチカと刺激があり、水中で目が開けられなかった」と細谷さんは強い酸性の須川で泳いだ体験を語る。体には異変がなかったという。

 地域の人が集った初代の三河橋は六一(昭和三十六)年、二代目のコンクリート橋に役目を譲った。強固になったが、橋の幅が六メートルで急速なモータリゼーションの進展に伴い、大型化したトラックの擦れ違いが困難になった。そうした中、須川は河川改修で川幅が広がり、県道のルートが見直され、三代目の橋は現在地に架けられた。

 現在の橋は全長二百十メートルで、両端の親柱に三角錐(すい)に腕を付けたようなモニュメントが載る。山形市の工芸作家・南康弘さんが「山をイメージし、山形市と山辺町に光り輝く未来があるように」との願いを込めて制作した。宵闇迫る中、車のヘッドライトにユニークな形のモニュメントが浮かび上がった。

2008/03/07掲載

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