やまがた橋物語

須川編第2部[1]

◆こだま橋(上山)

こだま橋(上山)の写真 晴れた日には蔵王連峰を一望できるこだま橋=上山市弁天

 須川は上山市萱平(かやだいら)地区の舟引山を源流とし、山形市を通り、中山町長崎地区で最上川に合流する。この全長四十五キロの一級河川には三十を超える橋が架かっており、三月に合流点から上山市の金谷橋までの十六の橋を紹介した。第二部の今回は、こだま橋から最上流部までの間に架かる十七の橋を訪ねる。

 上山市の弁天地区と金谷地区を「こだま橋」が結ぶ。山岳観光道路・蔵王エコーラインの整備に伴い、一九六三(昭和三十八)年に架橋された。全長八十六メートル、幅六メートル。蔵王連峰を一望する場所に架かり、橋の名称は文字どおり「エコー(こだま)」に由来する。

 金谷地区に住む上山郷土史研究会の鏡重太郎さん(78)と中村正さん(80)によると、エコーライン整備の際は金谷地区周辺の主婦らが集団で作業に加わったという。鏡さんの妻ヒデ子さん(77)は「こだま橋を渡ったり、エコーラインを通るたびに、地区の人たちがひと鍬(くわ)ひと鍬造ったんだなと思い起こす」と感慨深げに話す。

 こだま橋が架かる以前は、少し下流に小さな木橋があるだけだった。幅は一人分しかなく、対岸の弁天地区に田畑を持つ金谷地区の農家が往来した。また、こだま橋が架かるまで、須川の中に鉄道用の巨大な橋脚が残っていた。昭和二十年代、上山-山形市中心部、山形市蔵王半郷-同市蔵王温泉を結ぶ私鉄「蔵王高速電鉄」建設が計画され工事が始まったが、物価高騰による資金難などで頓挫した。須川にあった橋脚はその工事の名残で、金谷地区の畑には駅舎のプラットホームの跡が今も残る。

 鏡さんが高校生の時、詩人土井晩翠(一八七一-一九五二年)が中川小や上山農業高(現上山明新館高)の校歌を作詞するために上山市を訪れ、弁天地区から望む紅葉真っ盛りの蔵王連峰を絶賛したことも。鏡さんは「上山から蔵王に向かう観光客にとって、こだま橋を渡る時に見る蔵王は思い出に残る景色だろう」と話している。

2008/05/09掲載

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