やまがた橋物語

月光川編[10]

◆出戸橋(遊佐)

出戸橋(遊佐)の写真 かつては農業用運搬車や農作業をする人々が頻繁に行き来した出戸橋=遊佐町

 遊佐町菅里と北目を結ぶ出戸橋(長さ79メートル、幅4.3メートル)は、丸太橋、木造橋を経て1964(昭和39)年3月にコンクリート製の永久橋となった。のどかな田園地帯で交通量は少ないが、かつては北目の丸子集落の住民が海岸側にある西山地区の畑に行くのによく使われたという。

 出戸はかつてあった村の地名。橋の下流部は月光川と高瀬川の合流地点で、多くの水害に見舞われてきたため、出戸橋周辺の区域では昭和20~30年代に川幅の拡張と護岸工事が進められてきた。

 以前の橋が建設された年代は不明だが、丸子集落の佐藤重之助さん(92)が小さい時は幅1メートルほどの丸太橋だったという。人が歩くほか、荷物運搬用の一輪車を押して渡ることができる程度で、馬が川に落ちることもあった。佐藤さんは「この辺りの女性はたるを背負って西山の畑に行っていた。長芋やゴボウなどを取り、荷物が多い時は川舟で対岸に渡った」と語る。

 木造橋になると幅が広がり、車が通れるようになった。だが、昭和30年代半ばには砂利道だった橋の上に穴が開き、通行に支障をきたした。菅里の碇谷賢悦さん(60)は「小学校低学年の時、父親が運転する農業用の自動三輪車が穴にはまり、動けなくなった」と振り返る。

 小学生のころ、学校帰りに木造橋を渡って母親の実家に通った佐藤玲子さん(55)=富岡=は、老朽化に伴う橋の架け替えが変わりゆく時代の象徴のように思えたという。当時は高度経済成長の真っただ中。町内でも橋や道路の建設ラッシュが続いた。佐藤さんは「完成した時、何て立派な橋だろうと感激したのを今でも覚えている」と語った。

2011/01/28掲載

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