やまがた橋物語

丹生川編[1]

◆紅内橋(尾花沢)

紅内橋(尾花沢)の写真 そばに鶴子温泉・勘兵衛荘(中央奥)が立つ紅内橋。昔は橋下に河原が広がっていた=尾花沢市鶴子

 本県と宮城の県境にそびえる御所山(標高1500メートル)を源とする丹生(にゅう)川は、尾花沢盆地最大の河川で全長約40キロ。尾花沢市南東部の田園地帯を北上する流れは、途中で西に向きを変え、大石田町を経て最上川に合流する。川の名称は尾花沢市史によると「丹(赤い色)が生じる川」に由来する。上流から下流までこの川に架かる15の橋を紹介する。

 最上流部にある「紅内(くれない)橋」(全長75メートル、幅12メートル)は、尾花沢市鶴子の紅内、市野々(いちのの)の両集落間に架かる。現橋は1998年、旧橋の老朽化に伴い架設。橋のたもとには一軒宿の温泉旅館として知られる鶴子温泉・勘兵衛荘がある。川釣りや御所山登山などで宿泊する人が多いが、何より静かな湯治場の風情を好んで訪れるファンが多い。

 古くはつり橋だったが、56(昭和31)年にアーチ型鉄筋コンクリート製の橋に。その時、建設推進に尽力したのが勘兵衛荘を営む永沢養子さん(80)の亡くなった夫の正男さんだ。建設予定地の田畑の地権者はかたくなに土地を譲らなかった。正男さんは「代わりにおれの土地をあげるから、みんなの生活を良くするため橋を架けさせてくれ」と説得。すると熱意が通じ、黙って土地を譲ってくれたという。「紅内橋」「竣功 昭和三十一年九月」という橋のプレートは、当時の安孫子藤吉知事が揮毫(きごう)した。現橋に架け替える時、正男さんがそのプレートを譲り受けた。2枚とも額装し、勘兵衛荘の玄関口に飾ってある。それは正男さんの“形見”でもある。

 76年ごろ、河原に一部分だけ雪が積もらない場所が見つかり、掘ると温泉がわき出した。その時も正男さんは「過疎化しつつある集落に温泉旅館を建ててにぎやかにしたい」と、田畑を売却して勘兵衛荘を立ち上げた。「夫は地域発展のため一生懸命になって動いた人でした」。旧橋や現橋の写真を見詰めながら養子さんがしみじみと語った。

2009/07/06掲載

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