やまがた橋物語

鬼面川編[5]

◆坂水橋(高畠・川西)

坂水橋(高畠・川西)の写真 川西町の坂水集落と高畠町蛇口を結ぶ坂水橋。坂水の人々は愛着を持って利用し続けている=高畠町

 川西町の川西二中から町道を東進し、鬼面川の手前で南の集落に入ると「坂水橋」にたどり着く。欄干のコンクリートが所々ではがれ落ち、老朽化を感じさせるが、地元・坂水集落の人々は愛着を持って利用している。

 長さ198.1メートル、幅4メートルで、1968(昭和43)年に完成。川西町吉島地区東部の坂水集落と高畠町蛇口を結ぶ。人通りは少なく、晩秋の夕暮れには、赤とんぼの群れが欄干で羽根を休めている。

 坂水集落にはかつて舟渡場があり、住民が交代で管理していた。橋を求める声が高まったのは明治時代半ば。近くの旧吉田村(現川西町吉田)に郵便局ができ、集落の道が逓信道路に使われたためだ。初めて橋が架けられたのは50年代。住民の陳情を受け、旧吉島村が木橋を設けた。

 まだマイカーが普及していない時代。徒歩や自転車での往来は蛇口地区との交流を深め、川を越えて嫁ぐ女性もいた。しかし、当時の鬼面川はたびたびはんらんし、橋は程なく洪水で損壊。数年後に架けられた木橋も67年の羽越水害で濁流にのみ込まれた。

 現在の橋が架けられたのは羽越水害の翌年。近くの農業渡部幸雄さん(77)=同町下平柳=は「これで安心だとみんなで喜んだ。舟渡の労苦、洪水との戦いが実った。ありがたかった」と振り返る。

 完成から10年後の78年。わずか約200メートル下流に下平柳橋が架けられ、町道も整備された。車社会化という時代の要請だった。坂水橋の通行量は減り、車で移動すると蛇口は通過点になった。渡部さんはつぶやく。「橋や道が変わり、人の生活も変わった。便利になったが寂しい」

 今日では、橋の利用者の多くが坂水集落の住民。車の通りがほとんどなく、子どもとの散歩にうってつけだという。川西町は現在、車の通行規制を視野に強度調査を行っている。

2009/11/11掲載

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