やまがた橋物語

立谷川編[4]

◆山寺橋(山形)

山寺橋(山形)の写真 山寺小中学校(右奥)の児童、生徒が行き来する山寺橋。放課後は部活動の元気な声が響く=山形市

 山形市の山寺小中学校の通学路にもなっている山寺橋は昭和初期まで「宿橋(しゅくばし)」と呼ばれていた。立谷川左岸の芦沢集落が宿場町として栄えたことから名付けられた。かつて多くの旅人が往来した橋には現在、学校に登下校する児童や生徒たちの元気な声が響き渡る。

 山寺地区は江戸時代まで、二口峠を越えて仙台から山形に入る街道筋にあった。橋は1970年代半ばまで丸太の上に土をかぶせた土橋。橋を渡って嫁入りする際は、足駄(あしだ)の歯や人力車の車輪が丸太の間に挟まらないように、花嫁は足駄を脱ぎ足袋のままで橋を渡ったという。

 橋の近くに住む柏倉茂勝さん(87)りささん(84)夫妻が結婚したのは1949(昭和24)年12月。りささんは現在の天童市からバスに乗って嫁入りした。嫁入り道具のたんすと布団、米1俵も一緒にバスに積み込み、橋を渡った所で下車。嫁ぎ先までの約200メートル足らずの道を近所の人たちに紹介されながら“花嫁行列”した。「どこに行くにも必ず通る橋だった。村民が寄付し合って橋を建築したこともあった」と2人は振り返る。

 現在の橋は、木橋の老朽化に伴って75年に完成した。全長72メートル、幅6メートルのコンクリート造り。高度経済成長とともに、山形にもマイカーブームが到来し、自家用車で山寺観光に訪れる人が急増した時代だった。かつては現在の山寺芭蕉記念館の所に遊園地があり、県内外から大勢の家族連れが訪れた。

 橋のたもとに商店を構える柏倉恵子さん(67)は「週末はよく渋滞した。山寺橋の上にも車が並び、4キロも車が連なったことも。秋の紅葉シーズンには特に多かった」と当時を懐かしんだ。

2011/05/10掲載

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