やまがた橋物語

天王川編[10]

◆梓川橋(米沢)

梓川橋(米沢)の写真 弧を描いて天王川をまたぐ梓川橋。かつては橋の上で盆踊りが行われていた=米沢市

 米沢市長手の梓川橋は弧を描いて川をまたぐ「曲線橋」。かつては直線橋だったが、河川改修で流路が変わり、1987(昭和62)年に架け替えられた。長さ75メートル、幅は8~9メートル。通行する車の内輪差を考慮し、カーブのきつい西側が広くなっている。

 橋北側の岩場に、ほこらが一つ鎮座している。旧二井宿村(現高畠町二井宿)の名主・高梨利右エ門を祭る「六地蔵尊」。道沿いにあったものが改修に伴い移された。近くの農業斉藤平左エ門さん(59)は「高梨は農家の英雄のような存在。地域が大事にしている地蔵なんだ」と語る。

 寛文の時代(1661~72年)、上郷地区の農民は米沢藩の厳しい年貢徴収に苦しんでいた。高梨は一帯の屋代郷35村を代表して藩の苛政(かせい)を幕府に直訴。願いは届き、屋代郷は幕領に戻った。しかし、幕府への直訴は重罪。高梨は藩に引き渡され、故郷で処刑された。

 護送の道中、高梨は米沢市川井、長手など6カ所で休んだ。その地に六地蔵尊が建立されたと伝わる。高畠町の亀岡文殊にある「極重悪人碑」も高梨の供養碑の一つ。藩をはばかり悪人と刻みつつ、義勇をたたえたのだという。

 近くの無職島軒義憲さん(78)は「地蔵の慰霊のためだったか、昭和の初めごろまでは梓川橋で盆踊りをしていたな」と振り返る。車などほとんど通らない時代。大人も子どもも橋の上で踊ったという。「若者がたくさんいた。恋が生まれる場だったからな」とほほ笑む。

 川や道の改修で盆踊りは途絶え、現在は近くの天満神社の例大祭に合わせて演芸会を開いている。「祭りは地域のきずな。これからもずっと続いていってほしい」と語った。

2010/08/13掲載

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