【没後20年・生誕90年】山形大教授・山本陽史(上) 「農と食」

2017年01月26日
 庄内で私の好きな場所に旧松山町(酒田市)の「眺海の森」がある。外山(とやま)の山上からは広々とした庄内平野、蛇行しつつ悠々と流れる最上川、そして遠く日本海を見下ろすことができる。夕日が日本海に沈んでいく時間帯はまさに絶景である。この美しい風景で営まれる農業と、そこから生まれる食文化の豊かさをいつも奇跡のように思う。

 藤沢周平さんの作品にはしばしば「農」が描かれる。1840(天保11)年、庄内藩酒井家に越後(新潟県)長岡への国替えを幕府が命じた事件に取材した「義民が駆ける」がまず挙げられる。

 庄内の農民たちは江戸に出て幕閣に直訴したり、国元で大集会を開いたりして盛んに反対運動を展開し、なんと国替えを阻止してしまうのである。作品中、藩の江戸留守居役という重職にある矢口弥兵衛が土地に根ざして生きる農民たちをうらやみ、権力者(幕府)の命令一下、他の土地に転封させられる自分たちを哀れと感じる場面がある。矢口が抱く「武士は弱く、農民は強い」という感慨は庄内の農家生まれの藤沢さんでなければ書けないだろう。

 「蟬しぐれ」の主人公牧文四郎は軽輩の武士から農村を統括する郡奉(こおり)行にまで上り詰める。藩の陰謀に巻き込まれ切腹を命じられた文四郎の父の助命を嘆願し、反対派に命を狙われたふく(文四郎の幼なじみで殿様の子を産んだ)と文四郎の脱出を手助けしたのは農民たちであった。農民はこの作品の陰の主役であるといえよう。

 信州(長野県)柏原の農家に生まれた俳人小林一茶の生涯を描く「一茶」は、今年映画が公開される予定である。数え年15歳で江戸に奉公に行き、職業俳人となった一茶が十数年ぶりに故郷に帰る場面が印象的である。実家の土間に立った一茶は農家の匂いをかぎ、農民としての血が呼び起こされ、江戸で俳諧師として振る舞う自分を「道楽息子」と感じる。東京で作家となった藤沢さんの故郷への思いと重なり、興味深い。

 他にも武士が愛する娘のために身分を捨て農民になろうとする「冤罪」、農民のため開墾を図る武士を描く「風の果て」など、藤沢文学を読み解く上で「農」は欠かせない。

 「食」も重要である。例えば2月に北大路欣也主演で放送されるBSドラマの原作「三屋清左衛門残日録」や「用心棒日月抄」、またエッセーなどに庄内の食べ物の数々が登場する。寒ダラ、ハタハタ、クチボソガレイ、小鯛の塩焼き、小茄子や赤カブの漬物、孟宗竹、そしてなんといっても醤油を醸造する際の副産物「醤油の実」。

 2014年、鶴岡市はユネスコ(国連教育科学文化機関)の創造都市ネットワークに食文化の分野で加盟を果たした。藤沢さんが愛した、素朴だが旬を感じさせる地域に根ざした庄内の多様な食文化の価値が認められたのである。

 ▽藤沢周平(ふじさわ・しゅうへい)氏は1927年東田川郡黄金村高坂(現鶴岡市高坂)生まれ。本名小菅留治(こすげ・とめじ)。山形師範学校卒業後、湯田川中学校教諭となるも、肺結核を患い教員生活を断念。療養生活ののち業界新聞の記者として働きながら小説を執筆。直木賞を受けた「暗殺の年輪」で作家の地位を確立。「たそがれ清兵衛」「蟬しぐれ」をはじめ、海坂藩を舞台にした数々の作品が映画化された。1997年1月26日死去。

 ▽山本陽史(やまもと・はるふみ)氏は1959年和歌山市生まれ。山形大学術研究院教授。東京大卒。専攻は日本文学、日本文化論。江戸の戯作(げさく)、藤沢周平、井上ひさし、日本人と「世間」などを研究。編著書に「藤沢周平の山形」「日本語再入門」「なせば成る!」(山形大学導入教育テキスト)「山東京伝」「江戸見立本の研究」など。論文に「井上ひさし『手鎖心中』を江戸から読む」など。
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