【没後20年・生誕90年】山形大教授・山本陽史(中) 「水と橋」
2017年01月27日
藤沢周平さんは山形大地域教育文化学部の前身山形師範学校を卒業した。その縁もあり、市民や卒業生を対象に藤沢作品ゆかりの地を私が案内する町歩きを折々開催している。その中で定番のエリアがある。海坂藩のモデルとなった城下町鶴岡の中心部を流れる内川周辺、東京の日本橋周辺そして隅田川東岸の深川、本所、両国界隈(かいわい)である。
川や運河、そして橋が藤沢さんの作品で重要な役割を果たすことが多いのである。例えば2011年に映画化された「小川の辺(ほとり)」。佐久間森衛に嫁いだ海坂藩士戌井朔之助(いぬいさくのすけ)の妹田鶴と2人の幼なじみで戌井家の若党(従者)新蔵とのかなわぬ恋が底流に流れる名作である。藩主の方針に異論を唱えて脱藩した森衛夫妻を藩命により追った朔之助と新蔵は江戸近郊で2人を発見する。朔之助は森衛と小川の辺で対決して斬る。夫を殺され怒りのあまり兄に刃を向けた田鶴を朔之助は川にたたき落とすが、新蔵が救出する。帰藩する朔之助は新蔵と田鶴を残して去る。
実は新蔵が田鶴を川から救い出したのは2回目であった。3人が幼い頃、海坂の天神川で遊んだ時、川の中州に取り残された田鶴を新蔵が助け出した。つまり2人は川で再び出会うよう運命づけられていたのである。
内川は海坂藩ものにしばしば登場する「五間川」のモデルである。例えば10年に映画化された「花のあと」。組頭寺井家の娘で剣の達人以登(いと)は剣士江口孫四郎にひそかに思いを寄せていた。だが江口は用人(藩主の側近、ただし休職中)藤井勘解由(かげゆ)に陥れられ切腹する。以登は勘解由を五間川の岸辺に呼び出し刺し殺し、遺体の始末を婚約者の片桐才助に託す。
以登はその後、才助を婿に迎えて多くの子をなし、才助は筆頭家老に上り詰める。以登は五間川の水辺で過去の自分と決別し、新しい人生に踏み出していったのである。
連作短編集「橋ものがたり」は江戸の橋で出会い、あるいは別れ、運命に翻弄(ほんろう)される市井の男女の姿を描く10の話からなる。例えば「小ぬか雨」。主人公おすみは日本橋に近い照り降り町の履物屋の店番で、下駄(げた)職人の婚約者がいる。ところが人を殺し逃亡中の男をかくまい、男と恋に落ちる。男とともに逃避行をすべく東堀留川に架かる思案橋をおすみは渡ろうとするが、男に諭され思いとどまり、再び平凡な日常に戻っていく。
小名木川、仙台堀、竪(たて)川、五間堀、大横川などの水路が網の目のように縦横にはりめぐらされた深川や本所を舞台にした作品を藤沢さんはたくさん執筆している。「彫師伊之助捕物覚え」シリーズ、「海鳴り」、「霧の果て 神谷玄次郎捕物控」など。海坂ものでも「玄鳥」や「春秋山伏記」など、川や橋が重要な役割を果たしている作品を藤沢さんはたくさん書いている。水辺は藤沢さんの作品世界を読み解く鍵である。
(山形大学術研究院教授)
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