【没後20年・生誕90年】山形大副学長・阿部宏慈(中) 「藤沢周平と映画」
2017年03月24日
少年時代の映像体験に始まり、長じるに従い、藤沢周平氏自身は、大変な映画青年になっていく。「戦争中はあまり映画を見る機会がなかった」と述べているが、それでも「原保美主演『愛機南へ飛ぶ』、藤田進の『加藤隼戦闘隊』などの戦争映画」それに「小杉勇主演の『土』などというのも見たように思うから、映画と無縁だったというわけではない」。内田吐夢監督「土」は1939(昭和14)年の作品だ。藤沢氏が自作「白き瓶」(副題「小説 長塚節」)の起源に置く平輪光三「長塚節・生活と作品」との出会いは43年ごろと考えられるが、その先駆けの経験となっていたかもしれない。
戦争が終わり、山形師範(今の山形大地域教育文化学部)に入学するや藤沢氏は映画三昧(ざんまい)の日々を迎える。「毎日毎日門を出て映画館街に通い新作が入ると時には授業をサボって一日に一館ずつ見て回った」(「わが思い出の山形」)という。そのころ山形の「映画街には邦画が三館ほど、外国映画の上映館がひとつあって、そこから少しはなれた町角にも大映があった」。それで授業が終わると映画館に直行して「一日に一館ずつみて、週の終わりには最初の映画をもう一度見直すというふうだったので、映画中毒のようなものだった」(「わが青春の映画館」)というのだから、病膏肓(やまいこうこう)に入ると言ってもいい。
そうして見た映画の数々として藤沢氏が挙げるのは、マービン・ルロイ「心の旅路」、ジョージ・キューカー「ガス燈(とう)」、マイケル・パウエル「赤い靴」などいわゆる名作洋画である。中でも封切り時には見逃しながら、その後「何度みても新たな感興を呼びさまされる作品」となったのがデビッド・リーン監督「逢(あい)びき」だ(「わが青春の映画館」)。妻子ある医師と人妻の儚(はかな)い恋と別離を描いたこの映画で、藤沢が感嘆しているのが映画のラスト近く、トレバー・ハワードを見送るシリア・ジョンソンの視線のドラマで、そこに「まさに人生の底をのぞいてしまう哀切きわまりない場面」を見ている。
日本映画としては「大曽根家の朝」「我が青春に悔(くい)なし」「わが恋せし乙女」「安城家の舞踏会」「銀嶺(ぎんれい)の果て」「酔いどれ天使」「わが生涯のかがやける日」など、「黄金期のはしりともいうべき、日本映画の名作の数数」だが、中でも「そのころに見た日本映画でいまも心に残る作品をひとつ挙げると、それは『素晴らしき日曜日』である。主演俳優は沼崎勳と中北千枝子で、このみじめなほどつつましく貧しい、しかし紛れもない青春の一日を描き出した映画の監督は黒沢明」(「わが思い出の山形」)と述べている。
これらの作品群で、何よりも心に残るとしているのが黒沢明で、黒沢作品でも、「七人の侍」とか「用心棒」のような時代劇、あるいは山本周五郎原作「赤ひげ」や「椿三十郎」ではなく、若く貧しい男女の一日を描いた植草圭之助脚本作品に感動しているところが、「武家社会の主流」を描かず、市井の人の昔も今も変わらぬ人情を描こうとした藤沢らしいとも言える。
(山形市)
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