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【没後20年・生誕90年】作家・佐伯一麦(上) 現代小説「早春」のこと

2017年04月28日
 1986(昭和61)年の暮れに届いた「文学界」の新年特別号の表紙に、藤沢周平氏の名前があるのを私は目にとめた。目次を開くと、八木義徳、古井由吉両氏らの創作と一緒に藤沢氏の「早春」がさりげなく並んでおり、時代小説で知られる藤沢氏がなぜ純文学雑誌に、と訝(いぶか)りながら、まずは「早春」からページをめくることとなった。

 それは現代小説で、読み終えた私は、地味ではあるが、純文学雑誌にふさわしい佳品だという感想を抱いた。妻を失い、年頃の娘と二人暮らしの“窓際族”のサラリーマンである岡村が主人公で、長男は地方の大学を出て地元の女性と入り婿の形で結婚し、娘は妻子ある柿崎という男と恋愛中で相手の離婚を待って結婚しようとしている。岡村は、筍(たけのこ)と生揚げの煮つけを出してくれるような和風スナックバーを行きつけとしていたが、店は地揚げにあって立ち退いてしまう。早春の夕暮れ、くたびれて見える建売住宅の自宅に西日が射(さ)す中、岡村は孤独感に包まれ、〈そうか、こんなぐあいにひとは一人になるのか〉と胸をしめつける実感に襲われる。そして、それまで悩まされ続けてきた深夜の無言電話の相手に、同じ孤独感を持つ者同志の親しみを覚える、といった内容だった。

 初老の男やもめが抱く、マイホームや仕事に対するむなしさ、娘の幸せを思いながらも、理解を超えた存在となった娘との気持ちの通じなさが、現代的な表現で巧みに丁寧に描かれている、と私には感じられた。さらに、無言電話をかけてきているのは、夫を岡村の娘に取られようとしている柿崎の妻かもしれない、という想像も行間からふくらんだ。

 ところが、「早春」についての世評は芳(かんば)しくなく、文庫の解説を書いている桶谷秀昭氏が、〈現代小説としては凡作であらう〉と断じているのをはじめ、向井敏氏も天成の物語性をあえて抑えた作柄に疑問を呈しており、さらに周囲の藤沢周平ファンの間でも、同じような寂寥(せきりょう)感を描いた「三屋清左衛門残日録」などの時代小説に比べると面白さにおいてはるかに劣る、という意見が圧倒的だった。

 私が藤沢氏の時代小説に親しむようになったのは、「蝉しぐれ」が始まりで、「早春」を読んだときには、時代小説を書く作家だとは知っていても実際にその作品を読んではいなかった(年譜を見ると、「早春」の発表時に、「蝉しぐれ」を新聞連載している)。だから、本領の時代小説と比べることもなく、まっさらな状態で「早春」と向き合うことができたのかもしれない。

 今回再読してみて、「早春」はやはり得難い純文学作品だ、との感を新たにした。そして、スナックのママの名が「大場きよ子」となっているのに気付き、連れ合いの草木染の師匠で、花小路に「花幸」という店を出していたこともある大場キミさんが、藤沢氏にいっぺん会ってみたかった、と口にしたときに、「藤沢さん、あたしのことを、山形には女の怪物がいるって、つねづね言ってたそうなの」と悪戯(いたずら)っぽく言い加えたことが懐かしく思い返された。(仙台市)

 ▽さえき・かずみ氏は1959年仙台市生まれ。週刊誌記者、電気工などの職に就きながら、小説を執筆。84年「木を接ぐ」で海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。「ア・ルース・ボーイ」で三島由紀夫賞、「鉄塔家族」で大仏次郎賞、「ノルゲ」で野間文芸賞、「還れぬ家」で毎日芸術賞、「渡良瀬」で伊藤整文学賞。他の著書に山形市の草木染作家故大場キミさんがモデルの「草の輝き」、本紙連載エッセー「峠のたより」をまとめた「散歩歳時記」、「空にみずうみ」など。現在、文化面でエッセー「Nさんの机で~ものをめぐる文学的自叙伝」を執筆している。
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