【没後20年・生誕90年】鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問・松田静子(上) 「読んで、話して、旅して楽しむ」
2017年06月26日
私は、藤沢作品を、読む、話す、また読む、そんな繰り返しを楽しんできた。話す、とは読書会のときなどである。話すためには、調べる、書く、という作業もある。私が所属する「鶴岡藤沢周平文学愛好会」では、毎年5、6回の読書会を開いてきた。こうして、没後20年を迎えた今年まで、80回もの読書会を催したが、一度に複数の作品を取り上げることもあるので、作品数は100作に近い。二度、同じ作品を読むことがあるので正確ではないが、その都度、話し合いによって新たな発見があったり、資料を提供してくれるリポーターのおかげで郷土史を勉強したりして収穫がある。自分が気付かなかった一行を指摘されたときは、読み直す楽しみもある。読書は基本的に独りでするものではあるが、話すのも楽しく、心のつながりを得られることもある。読んだ作品と自分の人生を重ねて話してもむろん良いのである。そして、藤沢作品は、そうした「人生」を語りたくなるのである。
もうひとつの楽しみは、藤沢作品の舞台となった地を訪ねて旅に出ることである。東京は八王子にある藤沢周平さんのお墓参りにも数回行き、江戸の市井物語の舞台、深川周辺を巡る旅も複数回あった。案内してくれるのは、東京の練馬区大泉学園町(生前、藤沢さんが住まれていた街)の、熱心な愛読者の方たちである。
道先案内人がいなければ、大都会のビル群の中に、江戸時代と同じ町名や橋の名前を探し当てる旅など、私たちにはできない。その方たちと一緒に隅田川の屋形船に乗ったこともあった。江戸時代のことは各自の想像力で、「獄医立花登手控え」シリーズの主人公・立花登や「彫師伊之助捕物覚え」シリーズの伊之助を歩かせてみるのである。歩いて回るのは疲れるが、江戸の人たちの健脚ぶりや、距離に則して歩いて半時(約1時間)かかった、などと書いてある藤沢さんの作品におけるリアルさも感じたりする。
こうした旅をいくつか楽しんだ中で、私が一番印象に残り、もう一度行きたいと思う旅は「白き瓶(かめ)」の主人公・長塚節(たかし)の生家を訪ねた旅である。鬼怒川を渡って西側に生まれ育ち、生涯離れなかった節の家が保存されていた。藤沢さんご自身もこの地を訪ねている。
下総国岡田郡国生村(現茨城県常総市)の風景をスケッチした絵も残っている。節の最終の旅となった日向(宮崎県)の青島にも藤沢さんは訪ねて行っている。九州はいささか遠くて私はいまだ訪ねていないが、せめて節の生家を見られたことは有り難かった。
時代小説作家として、その多くの作品の時代設定を、江戸時代の後期としている藤沢さんが、例外的に明治・大正を生きた歌人、また小説「土」の作家・長塚節の37年の生涯を綿密に描き、解説した清水房雄氏(歌人)に「この小説の面白さは、骨の折れる面白さである」と評されるほどの大作となった理由が分かった旅だった。「白埴の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり」の歌を頂点に長塚節の歌に対する藤沢さんの共感がよく理解できる風景がそこにはあったからである。(鶴岡市)
▽まつだ・しずこさんは1940年鶴岡市黒川生まれ。鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問、らくがき倶楽部会員。元県立高校教諭(国語)で、藤沢周平研究家として活躍し、「藤沢周平の魅力」「藤沢周平の眼差し」などを刊行。ほかに詩集「橋に」「旧都の泪」がある。
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