【没後20年・生誕90年】鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問・松田静子(中) 「忍者」
2017年06月27日
「密謀」は、戦国時代の雄・上杉家の興亡を追った長編小説である。越後・春日山城で謙信が急逝し、後継者争いの末、景勝が上杉を率いることとなる。腹心の部下直江兼続と息の合うコンビで一騎当千の家臣たちを従え、秀吉の誘いにも乗らない、といった書きだしから、会津への国替え、そして米沢へと移り、上杉軍団の辛苦を描いて終わる。「密謀」を書くための取材旅行も、まめに出掛け、新潟、福島、山形と回り、翌年には、京都、彦根、関ケ原へと精力的に取材していて、大変力を注いだことがうかがわれる。「密謀」は上杉家の征く先を追った、いわば史伝小説のようである。事実、史料に沿って秀吉、家康との駆け引きも、手に汗握るような戦いも、戦国時代という闇の世界が読み手に伝わるように描かれている。しかし、この小説は、その本筋が半分、残り半分は「与板の草」と呼ばれる忍びの人々の壮絶な生き死にの物語で占められている。
この部分はもちろん、藤沢周平さんの創作である。作者自身「小説の周辺」というエッセー集に「事柄は概ね(おおむ)史実にそって書かれているが、与板の草という忍びの一団は私の創作である」と述べている。このフィクション部分が実に面白く、読み終わるまでこの人々の活躍に目が離せないのである。
藤沢さんは、歴史に名を残す一握りの人の陰に、名もなき多勢の死した人々がいた、ということへ目を向ける作家であったので、与板の草の忍びの集団の無残な最期も戦のむごさとして読み手の心を震わせるのである。
さて、藤沢作品に「忍者集団」が登場するのは、実は「密謀」が初めてではない。1963(昭和38)年に「忍者失格」という短編が、雑誌「忍者読切小説」10月号に載っている。62~64年に、「藤沢周平」のペンネームで、「忍者読切小説」「忍者小説集」「読切劇場」に、忍者ものなど15作品を書いていた。この15作品は藤沢さんの没後10年近くになって次々と発見された。直木賞作家として世に知られる前、若い日の藤沢さんが遺した貴重な短編の数々だった。藤沢さんの愛読者を十分に驚かせたのである。
この「忍者失格」は、戦国時代の庄内地方を舞台にした物語である。川北の砂越氏雄と川南の武藤澄氏との激戦に、情報を集め、敵方の「草」と壮絶な戦いをしたりする草の集団が描かれる。少年・少女もこの村には住んでいて、大人の生と死、自分たちへの厳しい訓練といった日常のはざまで若者らしい恋や悩みもある、といった物語が「密謀」の与板の村の人々の物語とよく似ている。
与板は、越後の直江兼続の領地内にある山村である。主人である兼続に土地をもらい、耕して、農村の住民のように暮らすのである。決して身分を見破られないように用心しているのだが、兼続たちが会津へ移封され、さらに、家康によって米沢へと封じられた後、越後を支配した堀氏に嗅ぎつけられて、村は焼き打ちされ、大半の草は死んでしまう。いつの世も、戦の犠牲になってむなしく一生を終えるのは、名もなき人々なのだ、という作者の視点が見えるようである。
藤沢さんは小学生時代に少年倶楽部などの雑誌や文庫本を乱読していたという(「半生の記」)。吉川英治の「天兵童子」などを夢中になって読んだ。そのころの楽しさを思うたび「小説は元来読んで直截(ちょくせつ)におもしろいものであるべきだ」という方針を持ち続けたという(「ふるさとへ廻(まわ)る六部は」)。
(鶴岡市)
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