【没後20年・生誕90年】作家・高橋義夫(中) 「習作時代の情念」

2017年07月25日
 冬の日本海の空を覆う重い空のような、初期の藤沢作品の「暗い色調」は、否定されるべきものではない。読者のわたしは、むしろそれを好んでいる。1978(昭和53)年に刊行された「用心棒日月抄」あたりから、雲の切れ目から微光が差しこむように作品が明るくなり、さりげないユーモアの要素が加わったと、多くの読者は感じた。あるいはそれが、作家の本来の人間性なのだろう。

 その「用心棒日月抄」にしても、主人公の浪人が捨ててきた北国の小藩が現れ出るときには、ある種の重苦しさはぬぐい去れない。明るい色の絵の具の下には、暗い色が塗り込められている。

 藤沢周平さんが「日本加工食品新聞」という業界紙の編集に携わり、給料取りとなって、その傍ら新人賞に応募するための作品を書いていた習作時代は、60年代である。そのころ時代小説は、東映時代劇映画の原作になりそうな明るい活劇が主流だったが、貸本劇画の世界では、時代に反抗する情念をペンでたたきつけたような、暗く残酷な平田弘史などの劇画が少数だが支持を得ていた。

 若い、実年齢ではなく作家としてのキャリアという意味だが、時代小説家は、自身の胸の内を表現するために、明るい活劇ではなく、暗い悲劇を好んで描こうとした。当時、実力を認められながらも、なぜか直木賞をもらえない時代小説家たちがいて、九州、長州に在住だったから西海御三家と呼ばれていた。「拝領妻始末」の作家、滝口康彦がその代表格である。

 藤沢さんが自作を語って、書くことでしか表現できない暗い情念があったと述べたことは既に引用したが、滝口康彦の作品群にも、同じ色調が立ち込めている。言ってみれば、当時の新人作家で、少なくとも野心のある人は、明るい顔をしてすましているわけにはいかなかった。それが時代の空気で、藤沢作品だけが暗かったわけではない。

 ごく大ざっぱな言い方をすれば、60年代の残酷劇画や、滝口作品のあるものに表れる暗さは、怒りの暗さだが、藤沢作品の暗さは受苦の暗さとも言うべきもので、それだけに読後感がやるせない。

 新人賞受賞作の「溟(くら)い海」は、後日の大成を予告する作品である。細かく鋭い心理描写、さりげなくちりばめられる、俳人の言う「写生」のような情景描写。藤沢作品の特質が既に隠しようもなく表れている。しかし、そこに登場する人物たちの暗さは、救いがたい。画狂人北斎は、後進の才能に嫉妬し、おびえる、老醜の小人物として描かれる。伜(せがれ)も嫁も、ほかの登場人物たちも、誰一人、死ぬまで心の安寧を得られそうな人はいない。

 「暗殺の年輪」までの初期作品を読み進めると、作中の人物の誰一人として、天を仰いで哄笑(こうしょう)し、人生を謳歌(おうか)することを許されていないと読者は感じざるを得ない。

(山形市)
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