【没後20年・生誕90年】京都大大学院教授・中村唯史(中) 時代小説という型
2017年09月26日
藤沢周平氏の小説については、「職人芸」とか「枯淡の味わい」といった形容がなされることが多い。それは私も読後感としてまったくそう思うのだが、随想を読んでみると、若い時の氏はそれなりに西洋趣味もある文学青年だったようだ。濫(らん)読した中で心に残っているのはシュトルムやチェーホフの短編、カロッサの「ルーマニア日記」、ウジェーヌ・ダビの「北ホテル」、日本文学では水上滝太郎と神西清だという(「北ホテル」)。山形師範学校生の頃、文学や映画に耽溺する一方で、藤沢氏には「教育を捨てて文学にのみこまれてしまうことを警戒する気持ちがあった」(「わが思い出の山形」)。当時は生活者たるべく自制していたわけだが、その後15年を経て小説の筆を執り始めた時、表現に迷い悩む芸術家を主人公とする作品が書かれたことは、藤沢氏が苦難の生活の中から、いかに、そしてなぜ書くかを模索していたことの表れだったろう。のちに氏は「私の初期の小説は、時代小説という物語の形を借りた私小説といったものだった」(「転機の作物」)と回想している。
視覚的な描写に秀でていた藤沢氏は、絵画が好きで、東京に勤務していた頃はよく画廊巡りをしていたようだ。気になった画家としてセザンヌ、ユトリロ、ブラマンク、ボナール、ルソー、キリコなどへの言及がある(「風景と人物」他)。初期の短編「溟(くら)い海」と「旅の誘い」で、表現者たらんとする藤沢氏の情念と模索が、浮世絵師の葛飾北斎と歌川広重に託されたのは、そのためだろうか。
作中で、2人の画風はそれぞれ次のように記されている。北斎は「風景を切りとる。ただしそれはあくまで画材としてだ。それが画材と北斎との格闘の上に絵になることもあれば、材料のまま捨てられることもある」。一方、「広重は、無数にある風景の中から、人間の哀歓が息づく風景を、つまり人生の一部をもぎとる。あとはそれをつとめて平明に、あるがままに」描く。
対象と格闘し、これをねじふせようとする北斎と、切りとった後は対象をあるがままに描こうとする広重と。2人の画風をこのように対照的に捉えたとき、藤沢氏はどちらに親近感を覚えていたのだろうか。
絵画ということでもう一つ思い出されるのは、氏が随想「風景と人物」の中で、自分が「その絵の前ではたびたび立ちどまらざるを得なかった」「例外」として、モディリアニに別格の評価を与えていることだ。ほとんど必ず細長く先がとがった顔、瞳のない目、長い首という型に基づくモディリアニの肖像画。だが、私も以前に展覧会で見て意外に感じたことだが、そこに画家の存在感は希薄である。まるで画家の情念が型に昇華したその向こうに、描かれているひとの人生や個そのものが直接に立ち上がってくるかのようなのだ。
自分の情念を時代小説という型に昇華して、その型に沿って人物の個性や人生を「つとめて平明に、あるがままに」つむいでいく。藤沢氏の創作の方法とは、そのようなものではなかったか。
(滋賀県大津市)
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