【没後20年・生誕90年】早稲田大教授・高橋敏夫(上) しっくりこない思いに

2017年12月19日
 今年は、藤沢周平さんにとって生誕90年、没後20年となる区切りの年であった。頭では分かっていても、わたしには、しっくりこないままである。

 特に没後20年というのが難しいのだ。かくしゃくとした老人から92歳と言われれば、ああ、周平さんのほうが若い、と思う。そしてわたしは、90歳の周平さん、今、何を書いているだろうと想像する。これまで誰も書いたことのない破格の織田信長か、それとも江戸市井の名もなき人びとの貧しくも豊饒(ほうじょう)な日々か。

 生誕90年なら、こんなふうに、なんとかイメージできるものの、しかし、没後20年に反応しようとしても、うまくいかない。没後10年の時もそうだったから、今後、没後30年がきても40年がきても、たぶん同じだろう。

 「藤沢周平」は、わたしの中で生き続けている。

 学生時代、「又蔵の火」にであって以来、こうして書いている今にいたるまで、藤沢周平という作家はわたしの中で消えたことは一度もない。兄万次郎の故知れぬ堕落から、断ち切れぬ望郷の念を目の当たりにした弟又蔵の、たった一人の復讐(ふくしゆう)へ、そして死の寸前訪れる、相手丑蔵との静かな共感へ。どんな作家の作品でも見たことのない、暗鬱(あんうつ)な風景とそこに差し込む一筋の光を届けてくれた作家を、どうして忘れられよう。

 しかも「又蔵の火」体験の後、次々にその作品に接してきた同時代作家である。没後も、機会あるごとにいっそう深く広く読んできた藤沢周平が、わたしの中で、生き続けていないはずはない。

 愛読者と作家の関係はいつもそうなのではないか、という考えもうかぶ。二葉亭四迷、夏目漱石からはじまり、近代の作家の中でもっとも魅せられる徳田秋声、太宰治、林芙美子、同時代作家としては埴谷雄高、大西巨人、松本清張、そして親しく交流もした井上ひさし、中上健次、立松和平まで、確かに、わたしの中で生き続けている。しかし、こうした作家が生き続けているというのと、藤沢周平のそれとは同じではないのだ。なぜか―。その理由を尋ねて、これまで藤沢周平について書いたり話したりしてきたのかもしれない。

 わたしが藤沢周平をめぐって最初に書き下ろしたのは、「藤沢周平 負を生きる物語」(2002年)だった。どんな小文でも何かを書く時には、核心となる考えやイメージが訪れるまで、待つ。待ち、待って、なお待つ。その時あらわれ、最後までひっぱってくれた言葉は、「これで、しばらく、生きていける」、だった。

 してみれば、藤沢周平はわたしのうちで生き続けている、というよりまず、わたしが藤沢周平によって生かされてきたのである。没後20年がしっくりこないはずだ―。こんな思いをいだく藤沢周平愛読者は、決してわたしだけではあるまい。
(神奈川県)

 ▽たかはし・としお氏は1952年香川県生まれ。早稲田大教授、文芸評論家。早稲田大第一文学部卒業、同大大学院文学研究科博士課程満期退学。専門は、近現代日本文学、文学理論。「藤沢周平 負を生きる物語」から始めた藤沢周平論の他に「井上ひさし 希望としての笑い」「時代小説が来る!」など著書多数。来年1月には「松本清張 『隠蔽と暴露』の作家」(集英社新書)が出る。
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