【没後20年・生誕90年】早稲田大教授・高橋敏夫(中) 時代小説ブームを先導

2017年12月20日
 藤沢周平は生き続けている。

 これは主としてわたしの個人的な藤沢周平体験に関わる思いだが、それだけではない。藤沢周平を先導者とする時代小説ブームが長く続き、それぞれ固有の藤沢周平体験を経た作家たちが次々に登場し、いわば藤沢周平山脈ともいうべきものを形成していることにも関わるだろう。

 宮部みゆき、山本一力、故北重人、諸田玲子、故杉本章子、安住洋子、佐伯泰英、あさのあつこ…。これらの作家たちの作品でも藤沢周平は生き続けている。

 ブームがいつ始まったか、定説はない。私見では、戦後続いてきた右肩上がりの時代がバブルの乱痴気(らんちき)騒ぎに乗り上げて、ついに終わる1990年代初頭に、今に続く時代小説ブームは始まった。

 社会と人の逆境の深まりとともに、時代小説ブームはもう4半世紀を超えてきた。五味康祐と柴田錬三郎の剣豪小説ブーム(50年代後半)、村山知義、山田風太郎らの忍法小説ブーム(60年前後)、そして、井上靖や司馬遼太郎らの歴史小説ブーム(60年代初めから70年代初め)以来、久々かつ戦後最長のブームである。

 時代小説ブームの中核にあるのは、「市井もの」だ。

 主に江戸期の町人ものであり、浪人ものや捕物帳なども含む。権力や権威から遠い場所で、波状的に襲う幾多の困難にもかかわらず、いささかも途切れることのない普通の人々の日々を、喜怒哀楽とともに細やかに描き出す作品である。ここには英雄、豪傑の類いは登場しない。

 これまた私見であるが、現在わたしたちの接する「市井もの」は、死に急ぐことはもうやめようと、戦中に書いていた「武家もの」を捨てた山本周五郎が、敗戦の翌年に書きだした「柳橋物語」に始まる。膨大な作品を残した山本周五郎の後を継ぎ、独自に発展させたのが藤沢周平である。

 浮世絵師葛飾北斎を主人公にした江戸市井もの「溟(くら)い海」で藤沢周平が文壇デビューをはたすのは1971(昭和46)年。藩中の闇にふれた若い剣士を物語のラストで町人町に向かわせる「暗殺の年輪」で73年に直木賞を受賞した。67年に63歳で死んだ山本周五郎ファンが「周五郎の再来」を待ち望んでいた時期だった。

 市井ものをベースにした独特な武家ものを含む、藤沢周平のそれまでの全貌が出現し、時代ものファンを一挙に広げた「藤沢周平全集」の刊行開始は、バブル経済崩壊直後の92年だった。今に続く時代小説ブームのきっかけとなった。

 市井ものを核心にもつ藤沢周平の作品にあって登場人物たちは、武家ものや戦国武将ものにあらわれる英雄や豪傑のように苦難に直面して華麗に死に急ぐ、ということがない。むしろ苦難に向きあい、かっこわるくても、みっともなくても、粘り強く生きていく。そこに巧(たく)まざるユーモアもうまれる。これらは藤沢周平山脈として連なる作家たちの作品世界に共通する。

 藤沢周平は、時代小説ブームの中でも生き続けているのだ。
(神奈川県)
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