続・藤沢周平と庄内

【海坂藩の貌】史実下敷きに展開

 藤沢周平さんの膨大な作品群は、大きく分けて二つに分類できよう。時代小説と歴史小説である。時代小説はさらに武家ものと市井ものに分けられる。武家ものは細分化すれば、三つになる。荘内藩の史実を基にした作品で、鶴ケ岡城下の実際の地名が出てくる初期の作品、例えば『ただ一撃』『証拠人』などと、架空の北国の小藩・海坂藩を舞台にした、いわゆる「海坂藩もの」、そして江戸後期の下町に住む武士など(とりわけてそれは浪人者であるが)を主人公にした作品群である。そうした中で、海坂藩ものといわれる作品が最も多く、庄内に住む人々にとっては小説の舞台の雰囲気が身近に感じられて、愛着の深いものがある。

般若寺は鶴岡市日吉町にある曹洞宗の名刹である
般若寺は鶴岡市日吉町にある曹洞宗の名刹である
 海坂藩の城下の原型は、直木賞を受賞した『暗殺の年輪』に既に登場しているが、城下の様子が生き生きと詳しく描かれているのは『蝉しぐれ』と『風の果て』であろう。

 特に『風の果て』では海坂藩という名は出てこないが、酒井家九代・忠徳(ただあり)公治世の荘内藩が描かれている。藤沢さんの海坂藩ものの中で、町割や藩の石高、酒田の本間家の登場、福島で旅の路銀が途切れたという忠徳公の入部のエピソードなど、この作品は最も荘内藩に近い史実を紹介している。

 その他の海坂藩ものが、骨格は荘内藩だが、詳細については庄内と付かず離れずの距離を置いているのを見ると、推測するに、原稿を広げた机の上に、藤沢さんが独自につくり上げた城下絵図がいつもあり、この作家は日夜その世界に入り込んでいった、といえそうだ。

 『用心棒日月抄・凶刃』の冒頭、城下の北東のはずれにある般若寺で、忍びの集団・嗅足(かぎあし)組解散の命が下されるが、同じ寺が鶴岡市日吉町に今もあって、古い歴史を持つ曹洞宗の名刹(めいさつ)である。城跡の北東に位置する。

 地形的に見た場合、鶴岡市は戦災にも遭わず、江戸時代の町並みを比較的残している町である。藤沢ファンには、町並みが醸し出す雰囲気が作品の世界と一致して、たまらない魅力となる。鶴岡公園の本丸や二の丸の濠端、柳の古木や桜の老樹、そしてしもた屋風の民家の軒下を通る小路、市街地を流れる堰(せき)の水音…。

 海坂藩は、石高七万石の小藩である。家士は禄米の借り上げ(禄高のうちから藩が借り上げる)に苦しむ貧乏藩。お家騒動に絡む争闘に主人公が巻き込まれ、腕に覚えのある必殺の剣を駆使して見事に解決する。

 荘内藩は十四万石、実質二十万石といわれる豊かな藩であった。江戸時代に庄内巡見の幕府の一行に同行した古川古松軒の『東遊雑記』によれば「(鶴ケ岡は)豊饒の百姓も数多見え、人足に出る者の衣服も賤しからず。馬なども肥え太り、居宅も美々しく、山川草木に至るまで、上上国の風土なり」と最大級の賛辞を贈っている。さらに、藩主転封の幕命に抗して、領内の農民が江戸に駕籠訴(かごそ)し、沙汰(さた)を覆したという史実もある(『義民が駈ける』)。どうも海坂藩は、荘内藩と、家士が多過ぎて貧にあえいだ米沢藩を重ね合わせたような領国、という印象が強い。

 海坂藩城下では庄内弁や鶴岡の食べ物が登場し、地名や地形、風俗習慣も鶴岡に残るものと酷似している。しかし、領内の制度や藩の執政のありようは、藤沢さんが一方では心を寄せたという米沢藩のそれと似通っている部分がある。あるいは、藩内の政争にしても、双方の史実を下敷きにして、鶴岡にも米沢にも差し障りのないよう、ストーリー展開に配慮を加えた趣がある。

 米沢藩を描いた『幻にあらず』『一夢の敗北』『漆の実のみのる国』には、海坂藩ものと呼ばれる小説に共通するものが随所に見られる。もちろんそれは、作家の自由裁量ではある。

続・藤沢周平と庄内 海坂藩まぼろし

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