続・藤沢周平と庄内

【文化・文政・天保の時代】主君より「お家大事」

 武家ものの時代小説で、舞台となる時代、地域をどう設定するか、というのは作品の重要な骨組みの一つである。いわば、作品のやぐらのようなもので、作家は時代考証を念頭にいれながらの執筆となる。藤沢さんは「海坂藩」という、荘内藩をモデルにした架空の藩・地域を構築したが、それでは時代設定をどの辺に置いていたのか、というのは大変興味深いところである。

 それについては一つの手掛かりがある。

 『藤沢周平の世界』(文藝春秋)に「米沢と私の歴史小説」という一項目がある。これは、平成五年十月十六日、米沢市の置賜総合文化センターで行われた藤沢さんの講演内容に、後に加筆したものだ。講演はちょうど『漆の実のみのる国』を執筆していたころで、作品にも当然出てくる米沢藩の七家騒動に関連して、その時代の幕府による治世の姿勢を語っている。

 要約すると、徳川三代将軍家光のころまでは、主君というのは絶対で、主従の対立では従が重臣といえども罰せられた。封建制度の初期で、主君の権威を確立する必要があった、ということである。しかし、四代の家綱のころになると、お家大事というふうに変わり、藩を危うくするようなやり方は藩主といえども許されないようになった、と述べている。

 藩の名だたる重臣たちから政治を改めよ、と迫られる上杉治憲だが、講演ではその時代の風潮を分かりやすく説明している。

 このくだりは、藤沢さんの作品の時代設定に深くかかわってくる。つまり、時代小説の士道ものといわれる作品には、お家騒動に絡む藩内の争闘が必ずといっていいほど登場するからである。そして、下級武士である主人公がその争いに巻き込まれ、ほんろうされる。お家騒動の内容は、家老や中老といった藩の執政が派閥をつくり、対立したりする。さらには、藩主の座を狙って、その係累が策謀をめぐらす、といった類である。

 徳川家綱の治世は十七世紀後半である。それ以降の荘内藩で、藤沢さんの小説に登場する藩校や盆踊りの仕組み踊り見物、釣りや鳥刺しの奨励、などといった史実の糸を手繰っていくと、時代設定はおのずと浮かび上がってくる。

 例えば、藩校・致道館は文化二(一八〇五)年の開校である。盆踊りの仕組み踊りを家中はもとより、藩主やその家族も見物するようになったのは、文政年間(一八一八~一八三〇年)である。釣りや鳥刺しを奨励する御触書が出されたのは享和二(一八〇二)年である。海坂藩ものの多くは、文化、文政、そして天保時代ごろの三、四十年間を設定して書かれている、といえるのではないか。

 確かに、この時代は寛政の改革を成し遂げた酒井家九代忠徳(ただあり)公以降、藩は財政的にも一息ついた期間で、庶民生活も比較的安定した時代といえよう。この時代を前後して荘内藩には、忠徳公という名君がいて、酒田の本間光丘(みつおか)という大地主が忠徳の治世に絡み、そして出羽丘陵を挟んだ南の隣藩では名君・上杉鷹山が困窮の米沢藩再建に取り組んでいた。日本の歴史上、キラ星のごとく輝く人物が登場した時代でもある。

 こうした時代ならば、作家としての創作意欲が刺激されるに違いない。

 『風の果て』や『蝉しぐれ』、『三屋清左衛門残日録』そして、海坂藩ものの短編は、この時代を背景にしているとみていい。

 ただ、元禄十五(一七〇二)年の赤穂浪士討ち入りが登場する『用心棒日月抄』は、それより百年ほど時代がさかのぼる。

 また、藤沢さんの初期の作品『証拠人』『ただ一撃』『臍(へそ)曲がり新左』『相模守は無害』などは、士分新規採用や藩主の座をめぐる陰謀を描いており、明らかに荘内藩初代藩主酒井忠勝、二代忠当(ただまさ)公の時代に当てはまる。

 このように、作品の時代設定を特定するのは、幾つかの史実をポイントにすれば可能ではあるが、特に海坂藩ものといわれる小説を楽しむ際は、これにこだわる必要はない。むしろ、漠然と十九世紀前半、あるいはその前後、というぐらいの時代認識でいいのではないか。海坂藩が荘内藩とは似て非なるものであるように、背景となる時代も、ことさらに狭める必要はないように思われる。

続・藤沢周平と庄内 海坂藩まぼろし

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