続・藤沢周平と庄内

【城下から見る山々】都市デザインを読む

 三方を山に囲まれた「海坂藩」の情景描写には、周囲の山々が欠かせない。

 鳥海山と思われる弥勒岳(『三屋清左衛門残日録』)、ほぼ月山に間違いない大櫛山(『風の果て』)、鶴岡市近郊の金峯山(きんぼうざん)は伊波山(『臍(へそ)曲がり新左』)、駒木山(『蝉しぐれ』)、赤倉山(『隠し剣孤影抄・邪剣竜尾返し』)など、名称を変えて出てくる。藤沢作品におけるこれら三つの山の登場回数は、調べ上げればかなり多いはずである。藤沢さんの脳裏に焼きついた故郷の山々…であるが、こうした山々を“すり込み”に近い形で強烈に印象付けたとみられるのが城下町・鶴岡の町割である。

 この城下町を訪れた人は、通りの正面に形のいい山が近く控え、時には遠く富士山を思わせる山が望めることに気付くはずである。市街地の南北の道路は、南に金峯山、その奥の母狩(ほかり)山、北に鳥海山が見える仕掛けになっている。藩政時代からの城下の町割がそのまま残っており、人々は晴れた日に、こうした山々を望むことになる。

 鶴岡の町づくりを解明したのは、早稲田大学佐藤滋研究室で、鶴岡市の調査依頼を受け「城下町の都市デザインを読む(近世城下町のまちづくり手法の発見)」という研究結果をリポートしている。

 それによると、「山当て」という手法による町づくりは、約四百年も前に行われたもので、北方の鳥海山、南方の金峯山、母狩山を結んだ線を基本軸とし、東西の軸は直角に交差する形で決められた。しかし、この東西軸は厳密ではなく、水路など地形に応じて引かれた、としている。

 町の基本単位は、町人地が一軒につき間口六間(十・八メートル)、奥行き二十五間(四十五メートル)で設定され、町人はこの基本単位の中に、二軒、三軒と家を建てて住んだ。下級武士の屋敷はだいたい百二十坪の広さ、家中新町(かちゅうしんまち)の中級武士は四百坪、家老級の上士になると千六百坪ほどの広大な敷地となる。

 この間口の六間が、鶴岡の城下町設計において細部を決める基本単位となった。城郭(本丸)を中心として、戦略上の街道の曲がりや城下に配置された寺社も六間の倍数を用いて位置を決めた。

 鳥海山、金峯山、母狩山は本丸の東側と西側を南北に走る道路から今も正面に見ることができる。鶴岡・銀座通りから南を見るといつも母狩山が親しみ深い山容を現している。しかし、山の連なりの奥にある母狩山は、藤沢さんの作品の舞台とはなりにくい。母狩山でなく金峯山であるのは、そうした地理的事情にもよる、と思われる。

 それでは月山はどうか。

 これは、藤沢さんの故郷・高坂(たかさか)に関係しているように思われる。月山を「国境の連山」と描写している作品もあるが、牛が臥(ふ)せったようなこの山は、高坂地区から東の方角に大きく仰ぎ見ることができる。季節の移ろいを朝に夕にこの山を見て育った藤沢さんにとって、故郷の山は月山であり、麓の丘陵地帯を駆けめぐった金峯山である。

 海坂藩もので、鳥海山とおぼしき山は遠望する対象であるが、月山とみられる山はその麓で大規模な開墾事業を展開したりする(『風の果て』)。金峯山に至っては、物語の舞台にもなり、山にある神社は領民の厚い信仰を集める。そういう設定である。四つの山に対する藤沢さんの親しみの度合いが窺える。つまりは、作家の視点が城下町にあっても、そこから眺める山は鳥海山、月山、そして金峯山である。

 すり込み現象として心に形成された故郷の山々のイメージと、高坂で親しんだ風景が大きく作用しているのではないか。

 早稲田大学の佐藤滋研究室による研究リポートは、最近報告されたものである。藤沢さん没後のこと。従って、海坂藩の原型ともいえる鶴岡の町割が、鳥海山と金峯山、母狩山を結ぶ線を基本軸として決められたものであったことは知るよしもない。しかし、作家の目は、町のそうした成り立ちをとっくの昔に見抜いていたのではないか。

 見方を変えれば、先人の町づくりに施した一種の「仕掛け」が、後世、一人の作家をして故郷の強烈な印象を作品に反映させた、といえる。

続・藤沢周平と庄内 海坂藩まぼろし

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