続・藤沢周平と庄内

【湯治の宿】海坂藩の温泉風景

 作品には、北国の小藩らしく湯治の湯宿が出てくる。『蝉しぐれ』では終章で、かつて思いを寄せた「お福の方」が真情を吐露する重要な舞台設定である。『風の果て』では、藩中に倹約令が出ているにもかかわらず、妻女の満江が湯治に行くといって主人公・隼人を困惑させる。そして、『用心棒日月抄・凶刃』では、腰痛のため帰国した江戸屋敷近習頭取が、治療で湯宿に逗留(とうりゅう)、代わって青江又八郎が四度目の江戸上りを命じられる場面である。

 庄内の温泉場といえば、温海(あつみ)温泉、湯野浜温泉、湯田川(ゆたがわ)温泉が古くから知られている。作品に登場する湯宿はどこの温泉場であろうか。

 「海坂藩」の温泉巡りをしてみたい。

 『蝉しぐれ』の湯宿の描写は次のようになっている。「蓑浦は小さな港を持つ漁師村だが、それよりも村はずれにある十軒ほどの湯宿で知られている村である。その家々と湯けむりが見えて来た」。

 文中ではさらに、波がくだける磯とその先の長い砂浜、松林、そして新鮮な魚を提供する湯宿…と描写が続く。情景は湯野浜温泉そのものである。

 『風の果て』はどうか。「松原というのは、領内の海辺にある温泉地のことである。砂丘を越えたところに松原がひろがり、三里もの砂丘を埋める松林をそのまま地名にしている場所だが、そこには十数軒の湯宿がかたまって繁昌している土地でもあった」。

 描写はさらに「砂丘が尽きて、海岸が磯に変わるあたりに良質の湯が噴き出しているのである」とある。ここも、湯野浜温泉の地形がそのまま描かれている。

 『用心棒日月抄・凶刃』の湯宿は「腰痛にすぐれた効き目があると言われる温泉どころ、領内の鳥越の湯宿で加療することになり、(略)」である。それ以上の説明がなく、「鳥越の湯宿」がどこかは、意見の分かれるところであろう。語感からすると、城下から山々を隔てた温海温泉とおぼしきところなしとしないが、湯田川温泉の可能性も否定できない。

 それでは、この三つの湯宿の歴史を見てみよう。

 荘内藩とのつながりが最も深いのは温海温泉である。鶴岡市の南約三十キロ。温海町の山狭の温泉場である。ここは鶴にまつわる温泉地として知られる。記録に残る藩主の最初の入湯は慶安二(一六四九)年にさかのぼる。荘内藩主二代酒井忠当(ただまさ)が二回訪れている。その後、歴代藩主が湯治で滞在し、四代忠真(ただざね)は磯釣りが大好きで、荘内藩の釣りの始祖ともいわれる。

 藩主が入湯の際に宿泊した宿を御殿と呼び、鍛冶惣四郎宅がこれに当てられた(「温海町史・上巻」)。藩は湯役所に役人を派遣し、温泉の取り締まりと湯銭の取り立てを行った。家中の湯治も多く、藩士の飯米用にと、米二十俵が湯村の郷倉に準備されていた。

 文化、文政のころは遊女もいたとみえ、藩は遊女を置くことを禁じる書状を温海の肝煎(きもいリ)に出している。それによると、湯田川、加茂の遊女が冬と夏に出稼ぎに来ていたことが窺える。

 次に藩とのつながりが見えるのは湯田川温泉である。ここは白鷺(しらさぎ)にまつわる温泉地。宝暦十二(一七六二)年の『出羽国風土略記』には、「領主(荘内藩主)御入湯の節は、社家(神官の家)和泉といえる者の内湯に入らせ給ふ」とあり、建物の修復は藩の費用で賄ったと記している。

 和泉というのは、かつての御殿旅館のことで、いまは湯殿庵となっている。幕末期、酒井公がよく足を運んだという庭園・楓竹園(ふうちくえん)は現在、甚内旅館の所有地になっているという。

 湯野浜温泉は、亀が見つけた温泉として知られ、温泉地としては他の二つに比べ後発となる。納める湯役銭はしばらく無税で、正式に温泉場の指定を受けたのは天保年間になってからである。冬は海が荒れ、湯つぼが波に洗われるということも再三であった。また、酒井家の支藩であったが、一代で藩主が途絶え、以後幕領となっている。その後の荘内藩とのかかわりが疎遠になった背景でもある。

 歴史的な背景は別にして、海沿いの藩という雰囲気を伝えるには、海辺の温泉地は格好の舞台である。「蓑浦」「松原」はその意味で、きわめて海坂藩らしい温泉地であり、一方で作品に広がりと彩りを与えている。

続・藤沢周平と庄内 海坂藩まぼろし

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