続・藤沢周平と庄内

【武道覚悟】不条理の社会

 『玄鳥』は昭和六十一(一九八六)年、「文学界」八月号に掲載された。筆者五十八歳。この年から、江戸期の儒学者・新井白石を主人公にした『市塵』を「小説現代」に連載、『蝉しぐれ』を山形新開夕刊に掲載している。作家としては円熟期にあるといえよう。既に『一茶』(五十二年)『白き瓶』(五十七年)『風の果て』(五十八年)『三屋清左衛門残日録』(六十年)などを書いており、いわば時代小説家、歴史作家としての方向性がすっかり固まった時代である。この作品を取り上げるのは、短編とはいえ、作家・藤沢周平の特徴が、この作品に凝縮しているとみることができるからである。

 「つばめが巣づくりをはじめたと、杢平が申しております。いかがいたしましょうか」。

 冒頭、末次家の路(みち)は夫・婿養子の仲次郎に話しかける。そして、夫は「巣はこわせ」とにべもない。末次家は代々物頭の家柄で、二百石取り。中級の家士である。五百坪の屋敷には長屋門がある。そこに、三年前に巣を取り壊されたツバメが戻ってきたのだ。

 叔母の茂登は末次家から嫁に行ったが主人に死なれ、四十石の普請組である下級武士に再嫁する。次々と子が生まれ、にぎやかで温かな家庭がそこにはある。同じ普請組に曽根兵六がいた。かつて路の父が無外流の秘剣を教えようとした男だ。娘の頃、路は秘かな恋心を抱いていた。

 その兵六が上意討ちの一人に選ばれ、遠州・掛川に脱藩者を追っていく。上意討ちは不首尾に終わり、一人は死に一人が深手を負うという結末であった。兵六の粗忽(そこつ)振りがうかがえる失態であった。武道不覚悟を理由に、兵六は役替えを命じられ、大坂に出向くことになる。藩は討っ手を差し向けるという。父から秘剣の極意を伝えられていた路は、出発の前日、兵六に不敗の剣の型「風籟(ふうらい)」を口伝で授ける。路は思う。兵六も、だしぬけに巣を取り上げられたツバメのようである。そして、二度と会うことはないだろう、と。

 封建時代の不条理な社会、理不尽な世界に生きる下級武士の悲哀が措かれており、藤沢さんの初期の士道小説にみられる「暗い宿命に翻弄(ほんろう)される下級武士」の側面は健在である。しかし、この頃の藤沢さんの作風は明らかに変わっているわけで、『玄鳥』でも、兵六に不敗の剣の型を授けることで救いの手を差し伸べている。不条理の世界で虐げられる弱者であっても、生きる者として明日への希望を持たせている。『用心棒日月抄』以降の藤沢作品の特徴の一つであろう。

 題名の『玄鳥』、つまりツバメ、つばくらめを主人公の曽根兵六に例えているが、この手法は、平成二年の『鷦鷯(みそさざい)』にも見られる。ミソサザイという鳥に妻や娘、娘に言い寄る家中の若い藩士を例えている。絶妙な比喩の技術は、読者をうならせ、さわやかな読後感をもたらす。そして、言外に広く深い意味を持たせている。

 兵六をツバメに例えると、上意討ちに失敗した兵六に役替えを命じ、討っ手を差し向ける藩は、末次家の門に巣をかけたツバメを、にべもなく追い払え、と命じる路の夫・仲次郎と重なる。「長身だが肉のうすい背」を見せる夫は、作法・格式に生きる冷淡な人物として描かれている。藩そのものであり、権力の象徴であろう。

 この作品が書かれた時期は、ちょうどバブルの絶頂期にあった。合理性や経済効率を重んじる社会の風潮は、封建時代の作法・格式を重んじる姿勢と無縁ではない。路の夫・仲次郎には仕事大事、会社大事の現代の猛烈サラリーマン、あるいは高級官僚の姿が二重写しになる。子だくさんの叔母が、決して不幸でないのは、末次家が失ってしまった温かい家庭があるからである。門にかけたツバメの巣をにべもなく取り払え、と命じる夫からは自然保護よりは開発、というバブル期の世相がうかがえる。

 オウムによる地下鉄サリン事件、金融破綻、不況というその後の日本の変わりようを、この作品は予見しているようでもある。少なくとも、家庭や教育のありよう、社会のありようを考えた時、バブル期の日本が抱える不安というものが色濃くにじんでいる。

 物語の筋の展開で重要な役割を担っているのは「武士道」である。佐賀・鍋島藩の武士の修養書『葉隠』にある「覚、不覚」では、武士たるもの、いざという時に主君のために命を投げ出せるよう、日頃から気を配り失敗しない努力をする必要がある、としている。つまりは「武道覚悟」である。

 いかなる理由があろうと、上意討ちに失敗し、おめおめと国元に戻ってくるのは「武道不覚悟」ということになる。兵六には一再ならず、そうした粗忽で奇妙な虚(うろ)の部分があった。藩の重職たちから憎まれ、蔑まれたのはそうした落ち度である。武士道を綿密に考証し、藩政時代の状況を描くことによって不条理の世界を際立たせている。これも、藤沢文学の大きなテーマであり、特徴であろう。

 兵六の悲惨な粗忽振りではあるが、自分ではどうしようもない性(さが)みたいなものを藤沢さんはほかの作品でもよく描いている。『潮田伝五郎置文』や『三屋清左衛門残日録』の「高札場」には、一方的な「思い込み」で最後には自裁する人物が登場する。女性に対する男の、悲惨であり滑稽ですらある思い違いが、人間をのっぴきならないところまで追い込んでしまう物語である。ここにも、藤沢さんの特徴を見ることができる。

 『玄鳥』という、初夏の田園風景がなつかしくよみがえる題名からは、強烈に一つの情景が浮かぶ。教科書にもあった斎藤茂吉の「のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根(たらちね)の母は死にたまふなり」(『赤光』)である。戦前、戦後間もなくの農村部では、家の中にまでツバメが入り込み、巣を作ったものである。害虫を食べる益鳥であり、子孫繁栄を意味するこの鳥を、農村部では大事にして巣作りもなすがままであった。題名からして既に、藤沢さんの心は郷里へと向いているのである。

 作中、どこの藩とは書いてないが『玄鳥』もまた荘内藩をモデルにした「海坂藩」ものの一つであろう。梅雨にかけておいしくなるという小鯛が出てくる。それも、漁師の女房たちが、海辺から二里半の道を運んでくるのである。よく出てくるこの描写は「海坂藩」の食べ物の定番である。藤沢さんはこの時期、郷里からよく小鯛を送ってもらっていた。お礼のはがきが地元に残っている。

 作品の冒頭、下男の杢平がナス苗を買うため近くの村に出掛ける場面がある。これは、民田ナスであり、近くの村というのは民田地区がある黄金(こがね)村に違いない。普請組の屋敷は馬洗川を挟んで二ケ所ある。これも青龍寺川を挟んだ番田(ばんでん)地区を彷彿とさせる。藤沢作品の大きな特徴の一つでもある作家の土着性が、全編にあふれる作品なのだ。

続・藤沢周平と庄内 海坂藩まぼろし

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