【「おこう」さん】こだわりの名前

 藤沢さんの時代小説に登場する人物の苗字、名前はいずれも物語にふさわしい雰囲気を漂わせている。作品の多くには、藤沢さんの身近な人の苗字や名前、人柄が反映されている人物が登場するのも事実のようだ。手掛かりは地元・庄内、とりわけ城下町・鶴岡にあるといっても過言ではない。作品から、その幾つかを拾い上げてみる。

『三屋清左衛門残日録』では、登場人物の苗字に鶴岡の面影を見ることができる。主人公・三屋は、地元では旧家の三矢家であろうというのが定説である。もちろん士族であった。家老の間島(弥兵衛)は、酒井家が信州・松代から庄内に入部した時に家来としてついてきた真嶋家であろう。荘内銀行副頭取真嶋経一郎さんはその後裔である。

「零落」の章で清左衛門の前髪の友として登場する金井(奥之助)は、これも旧家の金井家を思わせる。保科塾の先生・保科(笙一郎)は、これも士族であった保科家を彷彿とさせる。

 作品ではほかに、尾形(七郎右衛門)や戸川(章吾)などという苗字、名前が出てくるが、尾形は鶴岡市加茂の名家・尾形六郎兵衛に似ているし、戸川は、藤沢さんが『春秋山伏記』を書くに当たってお世話になったという民俗学者・戸川安章さんを思い出させる。そして、日本海や鳥海山、月山とおぼしき海や山、加えて郷土の食べ物や庄内弁などが出てきて、この作品は藩政時代の庄内・鶴岡の雰囲気を色濃く漂わせている。

『三屋清左衛門残日録』では地域の特定の苗字、名前を微妙に変えて採用しているが、これとは別に友人、知人から苗字、名前を拝借しているケースも多い。

『蝉しぐれ』は山形新聞など地方紙に連載された作品である。主人公の牧文四郎については、郷土の教育者であり文芸活動にも足跡を残した友人の江口文四郎さんから名前を借りたという。

 この苗字と名前はよほど気に入ったようで、藤沢さんは『花のあと-以登女お物語-』で、主人公の以登が秘かに思いを寄せる家中の藩士・江口孫四郎を登場させている。これなどは江口文四郎さんの名前と一字違いである。

 同じように、『密謀』では、牧静四郎が出てくる。徳川家の重臣・本多佐渡守の落とし子という設定だ。この部分は、フィクションで、作品に面白さを加えるために創造した人物といえよう。『蝉しぐれ』の牧文四郎と、これも一字違いである。『三屋清左衛門残日録』の、清左衛門のせがれは三屋又四郎である。よくできた嫁・里江の夫だ。さらには『用心棒日月抄』の主人公青江又八郎もいる。

 名前は派生的に変化していく。そこには、作者の苦労がにじむ。

『鷦鷯(みそさざい)』という作品では、主人公・横山新左衛門の娘・品と仲良くなる石塚孫四郎がいる。庄内の三瀬地区ではほとんどが石塚姓を名乗る。これに文四郎を応用した孫四郎、という具合だ。また、この作品には新左衛門の幼なじみ、三村庄兵衛が気心の知れた友人として登場する。城勤めが非番の時は内職に鳥刺しをしている。冬といわず夏といわず山に入るのである。

 この三村庄兵衛は、藤沢さんの旧制夜間中学で同級生だった庄内ミートの社長・三村千吉さんを彷彿とさせる。庄兵衛の庄は、庄内のそれである。

 藤沢さんの父親は小菅繁蔵さんである。力持ちで寡黙な人だったらしい。地元の旧黄金地区の人たちは、「繁蔵さんは『春秋山伏記』の大鷲(しゅう)坊に似ている。羽黒から下りてきて別当になる薬師神社も、この地区にある薬師神社とそっくり。だから、あの作品の舞台はこの黄金地区」と信じて疑わない。そういえば、大鷲坊の本名は鷲蔵である。繁蔵と鷲蔵。語感もぴったりなのだ。

 藤沢さんの母親は小菅たきゑさん。次姉はこのゑさん。いずれも、ゑが付く。『三屋清左衛門残日録』の清左衛門にいろいろと気を遣ってくれる、よくできた嫁御は里江。『秘太刀馬の骨』で、主人公・浅沼半十郎の妻は杉江。気の病に苦しみ、何かと半十郎を悩ますが、物語の最後は見事な小太刀を使って暴漢を撃退し、病から立ち直る。

『臍(へそ)曲がり新左』の新左衛門には一人娘がいて、親父からは想像もできないほどの美貌である。娘の名は葭江(よしえ)。

 ゑを江に置き換えることで、妻女や嫁、娘の名前をそれらしくしている。作者が愛情を注いでいる作中の女性たちは、母親や姉の分身ではなかったのか。江のついた名前の登場人物(女性)には、作者のこだわりがあるように思える。

 最後に、『海鳴り』のヒロイン「おこう」さん。作品は市井ものの最高傑作の一つである。庄内とは関わりがないように思われるが、控え目と大胆さ、あるいは一途な思い、などはこの地方の女性の特徴である。その美しさにおいても…。そして、実は「於光」さんという女性が庄内にいたのである。読みは違うが、藤沢さんの友人の奥さんで、大の藤沢ファンであった。その名前をお借りしたのかどうか。「おこう」さんの立場が立場だけに、友人の方にそう簡単には聞けないのである。

続・藤沢周平と庄内 ふるさと庄内

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