【松ケ岡開墾場】菅實秀と西郷隆盛の親交

 鶴岡市の東の郊外に松ケ岡開墾場がある。

 羽黒町に属する一帯は、春は桜や桃の花が咲き乱れ、なだらかな丘陵が幾重にも連なってまだ白い月山を背景に庄内随一の景観をつくりだす。明治の初め、荘内藩士三千人が刀を鍬に持ち替え、原野を拓いて畑や田んぼにしたところだ。本陣や体育館ほどもある蚕室が軒を並べ、現在は国指定史跡になっている。開墾時代の資料を展示しているほか、催し物を開くギャラリーなどもあって近郷近在の人々が気軽に集まる場所となっている。五棟残る木造の蚕室や黒い枝をいっぱいに広げた桜並木の一帯からは、先人の苦労と意気込みが伝わり、明治の面影が色濃く漂よう。

 その開墾場と思われる舞台が藤沢さんの作品に登場する。『風の果て』である。少年時代の道場仲間から、いわれのない果たし状を受け、決闘に至るまでの人間模様を横軸に、「太蔵が原」という台地の開墾や藩の抗争を縦軸にした物語である。この太蔵が原が松ケ岡開墾場に近いイメージを喚起させる。

「大櫛山」の麓に太蔵が原はある。この大櫛山は、櫛を横たえたような形をしているところからこの名前がついた。つまり、月山である。庄内側から見るこの山は、別名・臥牛(がぎゅう)山ともいわれように、牛が臥(ふ)せったような形をしている。作中、櫛を連想してこの名をつけたところがみそだろう。そういわれればなるほど、月山は櫛の背の形をしているのである。

 この台地に水をひく手段を見つけた者が藩を救うことになるー。主人公・上村隼太は太蔵が原の開墾にこだわり、桑山家に婿に入ってからこの事業を完成させる。そして、今では筆頭家老まで上り詰めている。

 大規模な開墾事業、部屋住みからの出世、藩の熾烈な政争と、物語の筋は幅が広く縦横に展開する。作品は、珍しく上級武士を主人公にしている。そしてその心の動きを精妙に描き切っている。「海坂藩」とみられる城下の町名が次々に登場し、藤沢作品の中では最も詳細な城下町図が作れる小説であろう。

 明治に入ってから開墾事業が行われた松ケ岡。作品の時代設定とは違ってくるが、大櫛山を月山に見立てると、その麓に広がる太蔵が原は、紛れもなく松ケ岡なのである。そして、明治になって開墾事業を指揮した荘内藩中老の菅實秀(すげさねひで)は、作中の主人公で筆頭家老・桑山又左衛門(上村隼太改め)ということになる。もちろん、時代小説である。虚構の部分が多いのは当然だろう。しかし、作品の描写からは、松ケ岡や菅中老を思い浮かべる部分が余りにも多い。

 ここで松ケ岡開墾の概要を記してみよう。開墾事業は明治五年にスタートした。荘内士族二千九百四十一人が月山山麓の原生林を切り拓き、同七年まで三百十一ヘクタールの桑園を造成、同十年まで十棟の大蚕室を建設した。そして養蚕事業を開始して製糸工場を建設した。

 この地の開墾が特別の意味を持つのは、開墾に至る経緯である。『凌霜史-松ケ岡開墾場百二十年のあゆみ』(松ケ岡開墾場刊)によると、当時の新政府は廃藩置県で中央集権的統一国家を目指し、諸藩の藩兵を解体しようとしていた。藩の中老菅實秀は、戊辰戦争に破れた藩と士族集団の行く末を案じ、大規模な養蚕製糸事業の創業と開墾による桑園造成を計画した。戊辰戦争の戦後処理で厚遇を受け、以来親交していた西郷隆盛(南洲)に相談し激励を受けたという。

 菅が最も恐れたのは、藩兵の離散であったろう。士族三千人が力を合わせ、一つの事業に打ち込む、という姿は時の政府にしてみれば穏やかなことではなかった。しかし、菅は開墾の目的を、戊辰戦争での賊軍としての恥をそそぐ(廉恥)、国家のために産業を振興する(報国)、旧藩主酒井家の御恩に報いる(報恩)の三つを挙げ、政府の嫌疑に対応している。

 西郷隆盛が九州・薩摩で立った西南の役(明治十年)では、旧荘内藩の重職が西郷と親交があったということで政府は神経をとがらせる。庄内も加わるのではないか、と。特に、西郷の人柄に共鳴し“兄弟”の交わりをしていた菅は、参戦に傾く旧藩内の強硬意見を抑えるのに苦労したらしい。菅は、参戦することが必ずしも西郷の本意ではない、と説く。結局、庄内は動かず、西郷はその年九月、城山で自刃したという知らせが届く。

 明治二十二年に西郷の賊軍としての汚名が晴れると早速翌年、菅ら旧荘内藩有志が『南洲翁遺訓』を発行、全国に配布してその遺徳を偲んだ。

 旧藩主の酒井家が鶴岡に止まったのは、維新後の開墾事業で旧藩士が団結して事に当たったということと無縁ではない。また、菅は役職を辞した後も「御家禄総帥」として銀行、米倉庫、米穀取引所、蚕種、製糸、機業など酒井家関係の諸事業を起こし、旧藩士の授産にも力を尽くした。

続・藤沢周平と庄内 ふるさと庄内

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