【へラナと赤カブ】往時の味わい

 藤沢周平さん没後、文藝春秋が発刊した単行本『早春』の中に、『野菊守(も)り』という短編がある。平成六年、「オール讀物」十二月号に掲載された作品である。安定した筆の運びで、主人公である初老の下級武士の哀歓を余すところなく描いている。

 作品の中で主人公がおにぎりを食べる場面がある。

「その握り飯も、このあたりでへら菜と呼ぶ菜っ葉の漬け物の葉でくるみ、上からこんがりと焼いたもので、おかずは大てい塩辛いたくあんか、小茄子の漬け物二つ三つである」(『野菊守り』)。

 この、ヘラナでくるみ、こんがりと焼いたおにぎりは、ちょうど弁慶めし様のものを想像させるが、年輩の方々にはことさら郷愁を誘う食べ物らしい。

『日本大百科全書』(小学館)『原色日本野菜図鑑』(保育社)には「シャクシナ」として載っており、「タイサイ(体菜)」ともいう、とある。へら(しゃもじ)のような形をした葉から、ヘラナと呼ばれるようになったらしい。そして、説明には「中国揚子江一帯に栽培されていたものが、明治初年に日本へ伝えられた。白菜が普及するまでの間は、日本の漬け菜生産の首位を占めていた」としている。

 戦前、戦後間もなくまでは全国で栽培されていたとみていい。食料不足、貧しさを思い出させる野菜なのだ。しかし、『野菊守り』の時代設定は江戸後期。この時代、「へら莱」はまだ中国から日本に入って来ていない。在来種でなかったところに、時代考証としての落とし穴があったのではないか。

 主人公・斎部(いんべ)五郎助は代々御兵具方勤めで家禄は三十石。世を腐す冷笑癖は、この貧しさにあると五郎助は思っている。上司が持ってくるような、黒いのりでつつんだ握り飯などは一度も食ったことがない。その対比として、「へら菜でくるんだ握り飯」が出てくるのである。

 ここには、藤沢さんの原体験があるように思える。戦前、戦中を幼年から青年時代に過ごした藤沢さんは、物資欠乏と食料不足をいやというほど味わったに違いない。恐らくその年代は、「へら菜」に懐旧の念を抱く。貧しさの象徴でもあろう。そういう目でみると、下級武士の握り飯を「へら菜」でくるむというのは、作中の効果としては大である。少なくとも、藤沢さんと同年代の読者には、訴える力がある。

 先に山形新聞コラム欄に「へら菜」という、藤沢さんの作中の、この野菜について述べた記事があった。読者から反響があり、白鷹町鮎貝の御代田(みよだ)寛さん(80)は「当地方でも戦前、戦後に作り、秋野菜として青菜とともに主力であった。(中略)種は、体菜(たいな)という名で売られていた。女の白い肌を思わせるようだからそう言ったものと考えられる。サクサクとして歯触りがよかった。高齢になってよく噛(か)めないから、もう作るのをやめた」とはがきに書いている。

 もう一人、米沢市中央五丁目の窪浦子さん(71)は「私の里は、昔の南置賜郡塩井村(現米沢市)ですが、終戦後もしばらくはへら菜を作り、塩漬けしたのに酒粕(さけかす)を塗り、醤油(しょうゆ)をかけて食べました。それはそれは美味(おい)しいものでございました。東置賜、西置賜一円どこでも作っておりました。今はもう、たまに頂戴(ちょうだい)しては驚き、喜び、なつかしんでいます」と書いている。

 庄内地方では、昔から郊外の農村部で栽培したようだが、現在は温海町の一部の農家が、往時の味を懐かしみ細々と作っているという。初冬の、市内のスーパーなどにたまに陳列される。懐古派はまだいるのである。

 作品ではほんの一行「へら菜と呼ぶ菜っ葉の漬け物」が登場するが、わざわざ九州・鹿児島から「どんな漬物ですか」と、地元新聞社ということで本紙に問い合わせをしてきた熱心な藤沢ファンもいる。藤沢さんの読者層の広さである。

『三屋清左衛門残日録』や『用心棒日月抄』シリーズに登場する温海の「赤カブの酢漬け」とともに、ヘラナはかつて初冬の風物詩ともいえる漬物であった。赤カブは在来種であり江戸期にもあったが、藤沢さんの思い入れが強かったのは明治以降のヘラナではなかったのか。

続・藤沢周平と庄内 ふるさと庄内

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