【君子学ンデ以テ其ノ道ヲ致ス】庄内学と致道銀

 藤沢周平さんの時代小説には、主人公が通う藩校、塾がよく登場する。道場とともに、文武の修養の場である。一緒に通う仲間との友情も育つ。

『蝉しぐれ』は、そうした友情が後々まで続くが、『風の果て』では青春時代のきずながずたずたに切り裂かれていく。人間の多様な生きざまを描き、作品を深く振幅の大きなものにしている。

 その藩校や塾は、荘内藩の藩校・致道館をモデルにしている。作品の主人公の考え方、行動の指針に庄内学といわれる、この地に残る独自の学問、風格が反映されているように思えるのだが、どうだろうか。

 海坂藩もの、とりわけ代表的な『暗殺の年輪』『蝉しぐれ』『風の果て』『用心棒日月抄』『三屋清左衛門残日録』『秘太刀馬の骨』、さらには多くの短編など、主人公はめっぽう剣の腕はたつが、人柄は慎み深く、きまじめ。出しゃばることをしない。内にある熱いものを外に出すのは、作品のクライマックスの時である。そこには、反骨の精神が宿る。

 ちなみに、『用心棒日月抄』の青江又八郎と浪人・細谷源太夫、口入れ屋の相模屋吉蔵の三人を比較してみれば、一目瞭然(りょうぜん)である。細谷は道を歩くにも、あたりをにらみつけ、何か文句があるか、といった風に道の真ん中を闊歩(かっぽ)する。吉蔵は、いつももみ手をしているような少々卑屈(ひくつ)な面も持ち合わせた商人として描かれている。又八郎は常識的で、時として細谷の暴走にブレーキをかける。貧乏はしているが、武士の魂はきちんと持っている。行動は控え目で、いざという時の瞬発力は目を見張るものがある。

『三屋清左衛門残日録』の三屋は、隠居した初老の武士らしく誠実で抑制の効いた考え方、行動が身上であり、そうした生き方が共感を呼ぶ。読者は『蝉しぐれ』の牧文四郎、『用心棒日月抄』の青江又八郎、『三屋清左衛門残日録』の三屋清左衛門が、それぞれの年代の同一人物の物語、という印象を受ける。

 主人公の置かれた状況はそれぞれ違うが、世の中に対する姿勢は誠実で謙虚、あるいは懸命に生きる、という点で相通じるものがある。さわやかな読後感は案外、その辺から来ているように思える。

 直木賞作家の高橋義夫さんは「藤沢さんが描いたのは、姿勢ただしい日本人の姿である」と山形新聞紙上で指摘したことがある。この姿勢の正しさこそが、庄内学の求める本質なのである。

 致道館は、文化二(一八〇五)年、荘内藩九代藩主酒井忠徳(ただあり)の時に建てられた。十八世紀後半の荘内藩は、財政が行き詰まり、人心の乱れもひどく藩主・忠徳は教育の力に期待し、郡代(藩の農政と財政の責任者)白井矢太夫に命じて、学校を建てることにした。

 白井は、藩財政にめどがついた段階で致道館建設に着手する。藩内には水野元朗、疋田進修につながる荻生徂徠学の流れを継ぐ儒者が多く、白井もその一人であった。白井が徂徠学の考えを生かして農政改革を行い、それを成功させて意を強くした藩主は、致道館の学風として徂徠学の導入を決めた。

 当時の藩校で、異学とされる徂徠学を採用したのは荘内藩とその後の彦根藩だけである。

 徂徠学の教育目的は、民を治める術に長じ、国家有用の人材を養成する、ことである。各自の天性に応じ、長所を発揮させることを重点とした。藤沢さんの作品にもよく登場するのだが、藩校の仕組みは実力によって五つの等級に分かれていた。

 致道館は維新のころまで続き、教学はその後、旧藩士によって後世に受け継がれていく。「庄内論語」を中心に、明治時代には西郷南洲(隆盛)の精神を記した『南洲翁遺訓』、南洲と親交のあった菅實秀の思想ともいうべき『臥牛先生遺教』、そして昭和に入り安岡正篤、菅原兵治氏などの思想家が影響を与えた。

 菅原兵治著『教の国荘内』は庄内学の輪郭を描いており、先年亡くなっ犬塚又太郎氏の遺稿『閑鴎集』は庄内学そのものである。知と行は一体であり(知行合一)、じっと耐え忍んで力を蓄え、いざという時に発揮する(沈潜の風)。庄内学の神髄とでもいうべきこの風格は、牧文四郎の生きざまそのものではないか。

続・藤沢周平と庄内 ふるさと庄内

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