【地吹雪】庄内の四季

 藤沢さんの作品には、庄内の四季が散りばめられている。春の梅や桜、早苗の田んぼ、ツバメ。真夏のセミしぐれ、青い稲田と稲妻、秋の紅葉、晩秋の野面。そして冬の地吹雪、豪雪…。その時々の旬の味に加えて庄内弁。「海坂藩」ものを中心にした作品の多くには、庄内の風の匂いと日の光があふれている。人々のざわめきと食べ物もまたしかり、である。

 作品の中から、北国・庄内の四季の風景を拾ってみる。

「寒いなあ、北国は」…。『秘太刀馬の骨』の冒頭近く、江戸からやってきた石橋銀次郎は、唇を紫いろにしてこういう。通り過ぎる家々の塀の内側に、咲きかけた梅が見える。花びらを開いているのほほんのわずか。ほとんどは赤いつぼみのままである。「海坂藩」の早春の情景が描かれている。

 確かに、鶴岡の町中の家々には梅の木が多い。城跡の東に当たる一画に天満宮があり、古くから学問、教育を重んじる風土がうかがえる。そして、最も大きな理由は、屋敷内に実のなる木々を植えたという藩政以来の伝統がある。実は食用にする。

 江戸はそろそろ花見の頃である。こちらは、道端に黒く汚れた雪が残っている。北国の春は一進一退を繰り返しながらやってくる。冬から春への微妙な変化にこの地の人々は敏感である。

『三月の鮠』は、雪解けがまだ終わらず、川の水が濁っている季節。本格的な春は近い。

 その時期が過ぎると、らんまんの桜の季節が訪れる。二の丸の濠(ほり)沿いに咲き乱れる桜。この桜に己の青春を重ね合わせ、かつて心を寄せた男の仇討ちを孫たちに語って聞かせる『花のあと-以登女お物語-』。

 藤沢さんはエッセーでも書いているが、これは鶴ケ岡城跡の鶴岡公園に古木を並べる桜を描いたという。この時期、市民はうすべりやビニールシートを持ち込んで、夜遅くまで花見の宴を繰り広げる。作品の冒頭、「面立川の堤の桜」として、現在の赤川の堤防桜も紹介している。

 城跡の桜も赤川の堤防を覆う桜も、実は明治以降の植栽である。鶴ケ岡城は明治になって取り壊され、明治三十七、八年に市民公園となって桜が植栽された。赤川の桜もそう時代が古いものではない。

 ツツジのつぼみがふくらみ、どこの家もナス苗を求めるころになると小鯛が旬となる。庄内平野は早苗の青さが目立ってくる。田んぼに張った水面すれすれにツバメがかすめ飛ぶ。

『玄鳥』は庄内の最もいい季節の物語である。中級武士の屋敷には長屋門があった。鶴岡では昭和に入ってからも残っていたが、いつの間にか取り壊された。セピア色の写真で当時をしのぶしかない。物語は、その長屋門に巣くうツバメの話から始まる。家の主は「取り壊せ」とにべもない。上意討ちに失敗し、武道不覚悟として藩から討っ手を放たれる主人公の曽根兵六。不条理の宿命である。作品は、あたかも、突然、巣を取り壊されたツバメのようである、と哀切の情を抱きながらも兵六への思いを断ち切る幼なじみの路(みち)の描写で終わる。

 そして夏が来る。セミしぐれの酷暑が続く。ここでは『義民が駆ける』から、七月、八月の庄内を紹介しよう。城下は、わんと響くセミの声。平野は緑の稲田が続く。薄く埃をかぶった道端の雑草、青い空。田んぼや畑の中に、点々と人の姿が見える。平野に散在する集落。ケヤキやクルミ、杉や松の大木が屋敷の周囲に繁茂し、美しい田園集落の風景が広がる。

 八月になると出穂期。この時期、稲妻が激しく光る夜がある。『三屋清左衛門残日録』で、清左衛門が小さいころ母から「稲はあの光で穂ができるのですよ」と聞かされるのは、この頃である。

 秋は農作物の収穫に忙しい。採り入れが過ぎると、平野の野面から途端に人影が消える。田んぼは稲の株から細々と伸びるひこばえの薄緑が彩りをなす。遠く望める鳥海山は頂上付近から紅葉を始め、次第に麓に下ってくる。

 ある日、頂が白く染まり、麓に近い三合目あたりに紅葉をとどめる弥勒岳…。『三屋清左衛門残日録』にあるこの描写は、鳥海山の風景であろう。

 庄内の冬は厳しい。『三屋清左衛門残日録』で、清左衛門が激しく降り積もる雪と横なぐりの強い風に半ば意識を失いながら、「涌井」にたどり着くくだりがある。庄内ではこうした猛吹雪を「地吹雪」と呼んでいる。雪は地面から吹き上げてくる。車に乗っていても、油断をすると雪の中に閉じ込められ、死亡することもある。冬季、二回から三回の地吹雪が庄内を襲い、自然は猛々しく牙をむく。

 作中、清左衛門は「涌井」のおかみ・みさに介抱され、酔いつぶれて泊まってしまう。やわらかくて温かいものに包まれた覚えが清左衛門にはある。物語の筋立てには欠かせない、重要な場面である。

 地吹雪を体験したことのある人ならば、清左衛門が一夜、「涌井」に泊まらざるを得なかった事情はよく分かるのである。

続・藤沢周平と庄内 ふるさと庄内

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