【小野寺茂三さんへの手紙】小菅留治の主張

 藤沢さんの山形師範学校時代や湯田川中学校の教師時代を語る時には、やはりこの人から始めなければならない。平田町の小野寺茂三さんである。師範学校時代、藤沢さんと寮や下宿が一緒だった人である。平成九年十月、藤沢さんの後を追うように他界した。山と酒が好きだった。教職を退いてからは畑に出て野菜を作り、古里の香りを藤沢さんに送っていた。

「意地っ張りで、体調が思わしくないのにギリギリまで医者に行かなかった。入院して二週間で逝ってしまいました」と残念がる奥さんの恵美子さん(66)。間もなく一周忌を迎える。「思いやりのある人でした」と、今なお襲う深い悲しみに耐えている。

 ここに一通の手紙がある。今は故人となった二人の間に交わされた、四十九年前の書簡である。あて先は小野寺茂三様。発信人は小菅留治。つまり後の藤沢周平さんである。便箋(びんせん)十三枚に小さな文字でびっしり書いてある。

「サンバルの様な秋の日が丘の上に光っている。詩一篇を添えた貴兄の手紙を改めて読み返したところだ。…」。小野寺さんの手紙に対する藤沢さんの返信であろう。昭和二十四年十月十七日の日付がある。

 この年の三月、藤沢さんは学校の健康診断で肺結核が見つかり、休職している。自宅療養を始めておよそ半年。当然、復職するつもりでいるし、このころ頻繁に行われた学校の研究会について自分の考えを述べている。そして、論語の微子第十八から孔子についての解釈を述べている。

 当時の学校の様子と教師・小菅留治さんの考え方が出ていて興味あるので、もう少し詳しく紹介してみる。

 学校(湯田川中学校)では、小菅さんのほかにも故障者が続出していた。その年の正月五日に亡くなった下山先生は学校の研究会で忙殺され、始終学校に泊まっていたらしい。食事は粗末な缶詰と油揚げ、納豆などで済まし「カンヅメ院油揚納豆居士」「宿直院座布団居士」などの敬称を奉られていた。そして、小菅さんの手紙では「栄養の偏取が老人を一歩一歩、死に誘っているなどとは思いもしなかったものだ」と書いている。座布団とは庄内で油揚げのこと。

 戦後間もなくの教育現場の様子がうかがえるが、とにかく研究会が多かったらしい。体を壊して休職する先生が続出。過労と栄養不足がたたったようだ。

 文面からは、小菅さんの結核の原因も学校の研究会にある、と思っていた節が読み取れる。そして、研究会の好評価は「名誉」ではあるが、「虚栄」に過ぎないとし、「精神的な報酬を用意され、コロリと喜んでいる教員という職業が、何か割り切れない」と書いている。

 手紙で小菅さんは、「教師は労働者である」と断じている。「論語を一読するがよい。そこには各自の個性を通じ、各自の職業を通じて、その最高のゾルレン(筆者注:そのようにあらねばならないこと、理想)を具現しようとする、ハツラツとした精神はみられても、世外に超然として足れりとする隠子の風はさらさら見られない」と親友に説く。

 観念的でなく、倫理的でもなく、もっと現実的になろう、という教師・小菅留治さんの切ない主張がある。

 書簡はまだ続く。「論語微子篇には『鳥獣はともに群れを同じくすべからず。われこの人とともにするにあらずして、誰とともにかせん。天下道あらば、丘とともに易(か)えざるなり』と嘆ずる孔子の姿が描かれている。孔子の求めたものは現実を貫流するモラルであり、現実の中にかくされている真実である」と語る。

 井上靖さんは『孔子』(新潮社)で、この部分を「この紊れに紊れた世から眼をほかに逸らせてはいけない。どんなことがあっても、人間が生きひしめいているこの現世から足を外してはいけない。そうではないか。この人という名で呼ばれている輩(やから)と共に生きるのでなくて、他の何ものと共に生きようというのであるか。所詮、鳥獣の群れに入ることはできないのだ」と解説している。

 高邁(こうまい)な人生論を交わした二人はもうこの世にはいない。

「亡き夫のすがたありやと鳥海の峰々のぞくむせぶ哀しさ」

 恵美子さんが、山が好きだった茂三さんを偲(しの)んで歌った一首である。

続・藤沢周平と庄内 はるかなる藤沢周平

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