【自責の念篤く】「弱者の味方」をつくったもの

 教師になろうとして、志を遂げられなかった二人の男がいる。正確にいえば、一人は二年ほど教壇に立ったが結核が見つかって休職し、そのまま別の道を歩む。つまり、藤沢周平さんである。もう一人は、いわばレッドパージに遇って、最初から教職の道を閉ざされた。そして政治家の道を突き進む。山形師範学校で藤沢さんと同級生の元県議小竹輝弥さん(68)=鶴岡市日枝=である。

 同級生といっても、歳は二つ違う。昭和二十一年、学校には軍隊帰りの学生もおり、同じ一年生でも年齢は十歳も違った。藤沢さんは旧制中学夜間部から、小竹さんは旧制中学からそれぞれ入学した。二人とも北辰寮に一年以上いたが、話をするようになったのは夏や冬の長期休暇で山形から鶴岡に帰省する際、よく列車で一緒に乗り合わせたからである。

 鶴岡駅で降りると、二人は歩いて一路南に向かう。小竹さんの家は、通称小真木といわれる、市街地の南端にある。そこからさらに南に歩いておよそ二十分。そこが藤沢さんの生家がある黄金地区であった。山形に戻る時は、藤沢さんが迎えにきて一緒に鶴岡駅に向かった。そんな仲である。

 そのころ、学校は学生運動が盛んであった。大学法が制定され、新制大学に昇格する時期と重なる。文部省は学校の政治的中立と政治活動の禁止を掲げ、学校当局への干渉を強めた。学生運動の指導者を退学処分にした学校もあった。そして、昭和二十四年、就職の際、山形師範の学生四人が就職停止処分になる。その中に小竹さんが入っていた。当時、教師になれないのは結核に罹患(りかん)している者、素行不良の者、落第、欠席などの成績不良の者である。この年、これに思想的なものが加わった。事実上のレッドパージである。

 小竹さんは鶴岡市内で文房具販売を始める。学校を回ってノートや鉛筆、チョークなどを売るのである。教職への道を閉ざされた青年は、政治的信念を支えに教師になれなかった屈辱に耐えていた。

 藤沢さんは、鶴岡市内の湯田川中学校で教壇に立っていた。そこに小竹さんが文房具を持って訪れる。

 「小竹輝弥さん。あなたのことを考える時いつも思い出すのは、あなたが政治的信条のために、山形師範を卒業したものの教職に就けなかったときのことです。あなたは鶴岡で文房具の販売をはじめ、私が勤める湯田川中学校にも回ってきました。

 私はそのころ、職員室であなたと二人きりで向かい合って話したことを覚えていますが、そのとき少しはあなたから文房具を買ったでしょうか。その記憶はなくて、いまも私の心に残るのは、そのときに感じたうしろめたい気持ちです。私はあなたと向かい合いながら、政治的な信念のために逆境にいる友人を見て見ぬふりをし、自分だけはぬくぬくと教師生活に安住していることを、みずから恥じないわけにはいきませんでした。記憶がいまもはっきりしているのは、その自責のためだろうと思います」。

 小竹さんが昭和六十二年、県会議員としての自治功労と永年勤続議員の表彰を受けた時に、師範の友人一同を代表して藤沢さんが贈ってきた祝辞の一部である。「うしろめたい気持ち」「みずからを恥じる」気持ち、そして「自責」の念。逆境にいる同級生であり友人への、これほどのいたわりの気持ちはほかにあるだろうか。

 「藤沢さんはやはり、教師を続けたかったのだと思う。作家になってからも、その気持ちに変わりはなかったのではないか。二年で教職を失い、私と同じ境遇になったわけで、その意味では、なりたくてもなれなかった、という悔しさの共有みたいなものが二人にはあった」と小竹輝弥さんは振り返る。小竹さんは政治家として弱い庶民の声を開き、藤沢さんは小説家として市井の庶民を描いた。

 悔しさの共有は、その後の二人を固く結び付け、目線をいつも庶民の立場に止めたといえる。

 条理に合わないものへの憤り、腰の低さ、温かい人間愛、思いやりの深さ…。藤沢作品に流れる「弱者の味方であろうとする姿勢」は、人生の敗北や挫折を経験した者でなければ決して出てこない心の動きであろう、と小竹さんは思っている。

 街外れの農村部である小真木地区。そこの小竹家からさらに南の金峯山に向かって歩いていく藤沢さん。地元に残って政治家になった小竹さんと上京して作家になったその友人。半世紀近く前の光景が、その後の二人の生き方を象徴しているようでもある。

続・藤沢周平と庄内 はるかなる藤沢周平

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