【飄風は朝を終えず】辛酸と希望

 庄内には、藤沢周平さんの色紙が多く残っている。友人、知人そして熱心な読者に請われて書いたものらしい。最もよく目にするのは「軒を出て犬寒月に照らされる」という句である。藤沢さんの感性がいかんなく発揮されていて、作者自身にとっても好きな句の一つであったようだ。こうした色紙とは別に、親しい人には、自身の信条や相手の境遇、来し方を映すような言葉を書き、贈っている。そこからは、藤沢さんの信条や信念が読み取れる。

 「霜雪を経て花色展(の)ぶ」-。読み仮名は色紙にない。これは、昭和四十九年、直木賞を受賞した翌年に帰郷し、鶴岡市新山の高山正雄さん(86)宅を訪れ、書いたものだ。高山さんは、いわば人生の師、あるいは父親のような人で、藤沢さんが生涯敬愛した同郷の先輩である。

 藤沢さんは肺結核を病み、教職を失して上京し、業界紙の編集者などを経て作家になった。業界紙に勤めている間に結婚したが、長女をもうけて間もなく奥さんを失っている。旧姓三浦悦子さんは二十八歳だった。さらには、療養中に実兄が事業に失敗、高坂の実家が田畑ともども人手にわたる、という苦労もしている。それまでの人生は、藤沢さんにとってあまりにも過酷な運命であった。エッセーにも書いているように、最初の奥さんの早すぎる死あたりから本格的に小説家を目指している。

 そうした万感の思いを託して書いたのが前述の色紙であろう。しかも、藤沢さんのそれまでの半生をよく知っていて、精神的に支えてきた高山さんでなければ、この一行に満たない言葉の意味を理解する人はいない。逆に、辛苦の時代、高山さんがこの言葉を引き合いに藤沢さんを励ました、ということも考えられる。

 いずれにしても、この言葉はだいぶ前から、藤沢さんの胸にあったとみられる。小説を書き始め、新聞社の短編小説賞に応募して選外佳作となった年、つまりは長女が生まれ、奥さんが急逝した年と重なるのだが、その娘さんの名前にこの「展」という一字を採っている。

 昭和三十八年のことである。

 「霜雪を経て花色展ぶ」という色紙からは、いつか必ず報われる日がくる、今の苦労は花開いた後の糧(かて)になるのだ、という自己勉励の色彩が強く感じられる。一方で、努力してきてようやく報われた、という安堵と自信、喜びがあふれている。案じていてくれる一番の理解者に贈ったのは、そうした気持ちがあったからではないか。

「耐えるたびに少しずつ人生が見えてくる」-。これも、高山さんに贈った色紙の一つである。「霜雪を…」に通じるものがあるが、より具体的で主体的である。そして、藤沢さんは過酷な半生を、現実に決して目をそらさず、現実の中にある真実を求める、という『論語』の微子篇にある孔子の教えを大事にして生きてきたようである。

 押しつぶされそうになりながら紙一重のところで止まり、人生そのものを見ようという強靱(きょうじん)な精神力がうかがえる。苦労をした藤沢さんならではの人生訓なのであろう。

 「飄風不終朝 驟雨不終日」-。「飄風(ひょうふう)は朝(ちょう)を終えず、驟雨(しゅうう)は日を終えず」。この色紙は、友人などによく贈った。旧制中学夜間部で同級生だった庄内ミート社長の三村千吉さんや元県会議員で山形師範で同級生だった小竹輝弥さんなどにも、この色紙を書いている。老子の詩からとったこの言葉に藤沢さんは「つらいことに出会っても、じっと堪えていればそれはやがて過ぎ去るだろうと読む。そう読んで気持ちが楽になることもあった」(『ふるさとへ廻る六部は』新潮社)と書いている。贈られた人たちも、それぞれに人生の辛酸(しんさん)をなめ、この言葉に深い感慨をいたすのである。このように、色紙の多くからは人生に希望を見いだそうとする藤沢さんの姿勢がうかがえる。

 「夜深く蚊ら泣きけるはさびしとよ」「友もわれも五十路に出羽の稲みのる」などの色紙もある。前者は姉に請われて書いた、という説明が「小説新潮」(新潮社)九月号にあった。恐らく、病気療養中の句ではないか。

 作品の中の一節を書いた色紙もある。『春秋山伏記』の「狐の足あと」から第三章の冒頭「日暮れに、権蔵は村に戻った。(中略)空は水色に澄み切っていて、その一角に、月山の弓なりにそびえる嶺が、まぼろしのように浮かんでいた」。古里を愛した作家の、まさに古里の美しい情景である。

(注)高山正雄さんは平成十年十一月に亡くなられました。ご冥福をお祈り申し上げます。

続・藤沢周平と庄内 はるかなる藤沢周平

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