【二十六歳、句作の背景】母、兄と恋

 藤沢さんの、現在読むことのできる俳句は俳句雑誌「海坂(うなさか)」と篠田病院林間荘の俳句会報「のびどめ」に収められている百四句、それに姉に求められて揮ごうしたという一句の計百五句である。そのほとんどは病気療養中の作品であり、昭和二十八年から三十年春までのほぼ三年間にわたる。年齢的には二十六歳から二十八歳まで。人生上のいろいろな出来事がかかわっている時期である。作品から、当時の藤沢さんの心境や境遇をたどってみたい。

 藤沢さんの結婚は三十二歳と、当時としては遅い方である。病気をしたということと生活基盤の問題もあったであろう。おびただしいエッセーから、それまでに交際した女性についての記述を見つけるのは難しい。一方で、未発表の詩や公表された俳句には、そうした青年期の率直な感情が表れている。ここでは俳句を見てみよう。

 汝(な)を帰す胸に木枯鳴りとよむ(「海坂」「のびどめ」)
 汝が去るは正しと言ひて地に咳(せ)くも(「のびどめ」)
 桐咲くや掌(て)触るるのみの病者の愛(「海坂」)


 恋心を抱く女性がいて、見舞いに来て帰った後の寂しさと、結核という当時の難病に罹患(りかん)した者の哀感が漂う。微妙な心の揺れも表現されている。時期的には、前の二句はほとんど同じころであろう。つまり、昭和二十九年である。後者の「桐咲くや…は、昭和三十年の「海坂」に収録されている。病気ゆえのプラトニックな愛である。

 藤沢さんと結婚し、二十八歳で亡くなった旧姓・三浦悦子さんは、病気療養中に藤沢さんをよく見舞いに訪れていた、という。恐らくこれらの句は、悦子さんをめぐる作品であろう。

 郷里・高坂の、特に実家にまつわる句も多い。

 水争う声亡夫(ちち)に似て貧農夫(「海坂」「のびどめ」)
 水争う兄を残して帰りけり(「海坂」)
 閑古啼(な)く山に薪(まき)伐るうとまれて(「のびどめ」)
 桐咲くや田を売る話多き村(「海坂」「のびどめ」)
 初鴉(からす)病者は帰る家持たず(「のびどめ」)


 いずれも、七つ違いの兄・小菅久治さんに関係してくる句であろう。久治さんが事業に失敗して、家や田畑を手放さざるを得なくなったことは既に述べた。前の二句は、それより前の復員して間もなく、農業を継いだ久治さんの姿である。一家を支えていこうという農業青年の意欲がうかがえる。藤沢さんの師範時代か、その後の自宅で療養していたころの光景が浮かんでくる。

 薪を伐る句と田を売る句は、その後、久治さんが事業に失敗し、膨大な借金を抱えて、にっちもさっちもいかなかったころであろう。山に燃料のたきぎを取りにいくにも周囲の人の視線が背中に刺さる。久治さんの心境に違いない。裏の山に入るのがつらくて、たきぎとして自宅のコブシの木を切ろうとしたのもこのころである。そして、田や畑、家、屋敷を売ってしまったため、藤沢さんはもはや帰るところがない。兄への複雑な思いが表現されているようで切ないのである。

 母親についての句もある。

 故郷に母古雛を祭るらむ(「のびどめ」)
 梅雨寒の旅路はるばる母来ませり(「海坂」)


 母・たきゑさんは看病によく上京した。「しかしふり返ってみると母は、私が病気だとか、私の家族が病気だとか、大ていはその種のよんどころない用事を抱えて上京して来たことにも思いあたる。背をまるめ、座席の上に膝を折って汽車に揺られながら、そのころの母が何を考えていたかを、ついに私は知ることが出来ないのである」(『ふるさとへ廻る六部は』新潮社)。その母は、藤沢さんが直木賞を受けた翌年、八十歳で亡くなった。次男の、作家としての独り立ちを見届けたのである。

 藤沢さんの、このころの労働者観は既に「茂三さんへの手紙」で紹介したが、それを裏付けるような句もある。

 メーデーは過ぎて貧しきもの貧し(「海坂」)

 藤沢さんの、作家になっても変わらなかった弱者の味方、という姿勢がよく出ている句である。

(注)「海坂」は「俳句 αあるふあ」(毎日新聞社)、「のびどめ」は「小説新潮」(新潮社)を基にしました。

続・藤沢周平と庄内 はるかなる藤沢周平

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