【変遷する自己表白】「鬱屈」から「大作」へ

 藤沢さんの作風は、年齢とともに少しずつ変わってくる。大きく分けて、初期の暗い宿命を背負った主人公の物語が、途中からユーモアを交えた明るい結末の作品へと変遷し、さらにこの時期は歴史小説へと向かう転換点とも重なる。代表的な作品を挙げるならば、初期は『暗殺の年輪』、転機となった作品は『用心棒日月抄』シリーズ、そして歴史小説へと向かう足掛かりとなったのは『一茶』ではなかろうか。そこからは、作家の、ものを書く動機といったものが見えてくる。

 藤沢さんは自分に正直な人である。初期の暗い宿命の主人公、負のロマンと言われる作品は、それまでの藤沢さんの半生を投影した「鬱屈(うっくつ)した気持ち」をせっせと吐き出す、いわば時代小説に名を借りた「私小説」であった、と告白している。

 結核や教職からの、体のいい追放、最初の奥さんの早すぎる死、そして実家の没落…。そうした運命を受け入れ、「鬱屈した気持ち」をばねに、大海に乗り出すような気持ちで作家を目指した。

 作家の登竜門である直木賞を受賞するまで、およそ十年かかっている。受賞後も、作家としてのこの姿勢はしばらく続くが、『用心棒日月抄』あたりから、その作風は少しずつ変化をみせる。四作におよぶこのシリーズを「転機の作物」と位置づけ、「内部の抑圧がややうすれた時期になって、私の中にも、集会所の若者たちほどあざやかではないにしろ、北国風のユーモアが目ざめたということだったかも知れない」(『小説の周辺』文春文庫)と書いている。

 もともと藤沢さんは、ユーモアとウイットに富んだ人だった、と青年時代を振り返るのは山形師範時代の友人・小松康祐さん(70)=松山町新町。庄内弁でのやり取りを楽しんだこともあったという。作家としての余裕も出てきた藤沢さんには、本領発揮の気持ちがあったに違いない。心が解き放たれたような文章が多くなる。

 この時期、藤沢さんの作家としての姿勢に、また別の微妙な変化が出てくる。明確には書いていないが、「たしかではないが自分の小説がまた少し変わりかけているのを感じるからである」と『小説の周辺』で述べている。

 時期を前後して、地元鶴岡市の幼友達に次のようなことを電話で語っている。「『用心棒日月抄』とか、ああいうのは一種の遊びなんですよ。歴史小説で大作を残したい」-。つまり、エッセーでは明言していないが、「変わりかけている」ことの意味は、歴史小説への本格的な取り組みであろう。

 作家として、ものを書く動機になっていたのは、初期は「鬱屈した気持ち」、中期以降は「歴史小説で大作を残したい」という意欲だったのではないか。並行して、時代小説では初期の沈痛な、重いテーマから、読後感のさわやかな、円熟味のある作品へと変身していく。ユーモアに加えて、男女の倫理的な一線を越える場面なども出てくるようになる。作品に幅と深みが備わるのである。

 晩年近く、奇癖や特異な性癖を有する主人公を登場させては、常識の壁を破って読者をアッといわせる作品も見られる。そこには、作家・藤沢周平に一貫して流れる弱者への温かいまなざしがある。

 藤沢さんの作家としての出発点は、史実を丹念に調べ上げ、その世界に主人公を置いて物語を展開させる手法であった。もとより、史実のとらえ方、作品での生かし方には定評があった。『義民が駆ける』などはその典型であろう。その延長として、歴史小説への挑戦があったように思われる。

 歴史小説には、史実という制約がある一方で、「史実と史実の谷間を跳び越える」(『周平独言』文藝春秋)という作業が作家には要求される。その時代の思考形態や行動様式を踏まえ、想像力を働かせて人間を書き続ける必要がある。作家の歴史観が厳しく問われ、作品の評価を左右する。藤沢さんは『一茶』でそのハードルを乗り越えたともいえる。

 遺作となった『漆の実のみのる国』はその意味で、歴史小説家として全霊を傾けて取り組んだ作品ではなかったか。既にある『幻にあらず』という作品を全面的に書き直す作業でもあった。

 それまでの時代小説作家をみた限りでは、後世に残る作品というのは数少ない。史伝、あるいは伝記ものといわれる歴史小説にこそ、「後代に大作を残したい」という夢の実現をかなえる道があったということだろう。

続・藤沢周平と庄内 はるかなる藤沢周平

文字サイズ変更
  • 小
  • 中
  • 大

県内7市発行メールマガジン登録無料

ふるさとだより

3月30日配信。登録はコチラ

ニュース特集

スポーツ

教育・子育て

おでかけ

暮らし情報

twitter発信中

山形新聞からお知らせ

  1. 【2017年8大事業】
     山形新聞、山形放送の2017年の8大事業が決まりました。詳しくは、こちらから
  2. 【やましん公式FB】
     山形新聞社は、インターネット交流サイト「フェイスブック(FB)」の公式ページを新設しました。
     公式ページでは山形新聞のニュースのほか、本社からのお知らせなどを中心に紹介します。
     アドレスは、こちらから
  3. 【やましんe聞で動画視聴】
     読者限定の電子版「やましんe聞」で動画を閲覧できる新サービスを始めました。詳しくは、こちらから。
  4. ◆中学、高校の各種スポーツ大会の記録を紹介。検索機能も備えています。アクセス方法はこちら
  5. ◆探したい記事がきっと見つかる、山形新聞記事データベース。他社DB横断検索が便利な日経テレコンジー・サーチファクティバ
  6. ◆県外でも今日の朝刊が朝一で読める「お届け電子版
  7. ◆ニュース速報、高校野球、モンテ情報、おくやみ… 身近な情報を携帯で確認「モバイルやましん
  8. ◆故郷の話題をメールでお届け、ふるさとメール会員募集(登録無料)
山形新聞から
販売から