【隠し剣秋風抄】 「秘剣」がもつ娯楽性

 これぞ娯楽小説。「隠し剣」シリーズ2冊の魅力はその1語に尽きる。

 この作品は「オール読物」の昭和51(1976)年10月号から4年がかりでほぼ3カ月に1度掲載されて、昭和56(1981)年1月、2月につづけて文芸春秋から刊行された。執筆時期は「用心棒日月抄」と重なっている。両作の印象がひとつになって、書評家の向井敏がいうところの「生活者型」の時代小説が誕生した。

 藤沢さんの書く小説がこの2作品あたりから闇からぬけ出て明るくなったといういいかたもできるだろうが、べつの視点からいえば「文学」へのこだわりから脱したともいえる。

 「隠し剣」の主人公たちは、たしかに「生活者」である。不遇で、なにがしかの屈辱感を抱いて生きている。誰もが貧しいが、だが極貧というわけではない。しかし、なにをもって普通の生活というかは、ひとそれぞれの価値観によって異なるだろう。向井さんのいう生活者とは、中流以下の都市生活者のことではないかと思われる。「隠し剣」の主人公たちは、現代にあてはめれば、ごく小さな会社の、なにかの事情で出世コースから外れた人々という感じだ。

 「隠し剣秋風抄」のあとがきで、藤沢さんは幼いころに冬の夜道を3キロも歩いて、村の小学校に映画を見に行ったことが忘れられない、と書いている。その映画は阪東妻三郎主演の「魔像」だったという。藤沢さんは「隠し剣」シリーズのルーツが、その映画の印象にあると語っている。

 ちゃんばら映画の魅力は、秘剣にあるらしい。ぼくもこどものころ東映の時代劇で、「揚羽の蝶」とか「木の葉くずし」とか、なんだか原理のよくわからない秘剣に夢中になったことがある。藤沢さんも秘剣がお好きなようで、「蝉しぐれ」の牧文四郎も秘剣を伝授されているが、考えてみれば文四郎の秘剣は、物語の本すじとはあまり関係がない。

 「隠し剣」の主役は、人間というよりも秘剣そのもので、読者は生活の悲哀をしみじみと味わいながら、秘剣が正体をあらわす瞬間を待っている。作者は秘剣を思いつき、題名を決めたとたんに、労苦の半分は終わっているのである。

 主人公たちは、みななにかの剣術の流派に学んでいる。「秋風抄」でいえば、「酒乱剣石割り」の主人公は丹石流、「汚名剣双燕」の主人公は不伝流、「女難剣雷切り」の今枝流、「陽狂剣かげろう」は制剛流、「偏屈剣蟇ノ舌」は不伝流、「好色剣流水」は井哇(せいあ)流、「暗黒剣千鳥」は三徳流、「孤立剣残月」は無明流、そして映画「武士の一分」の原作となった「盲目剣谺返し」は東軍流である。

 これらの流派は、おおむね実在したものだ。作者のタネ本あばきはあまり趣味のよいことではないが、「撃剣叢談」あたりからとったのではないだろうか。

 「撃剣叢談」は天保年間に源徳修という筆名の岡山の剣士が著したもので、大正5(1916)年に国書刊行会から出た「武術双書」に収められている。この本は稀覯(きこう)本だったが、昭和39(1964)年に、名著刊行会から復刻版が出た。そのころ神田神保町の古本屋をまわれば、旧版も復刻版も手に入ったはずだ。

 「酒乱剣」の丹石流と「盲目剣」の東軍流は同じ流れらしい。東軍流は天台宗の東軍僧正が始祖で、のちに仙台の斎藤節翁という人がこの流派では無双の使い手として名高かったという。斎藤節翁に、「耳に視て目に聞く」という秘伝があったとされるが、あるいはそれが盲目剣のヒントともなったのだろうか。丹石流は東軍流からわかれた末流で、戸田丹石という剣士が有名だったそうだ。

 不伝流というのは、「汚名剣」と「偏屈剣」の2作に出てくるが、「撃剣叢談」には見あたらない。その代わりに、別伝流と一伝流の2流派の名がある。「偏屈剣」の馬飼庄蔵の隠し剣は座ったまま人を斬(き)ることになっているが、別伝流にも一伝流にもその技の記録はなく、「鎌いたち」という名だけが残っている。あるいは不伝は一伝、別伝から思いついた洒落(しゃれ)かもしれない。井哇流と「好色剣」に出てくるのは、「撃剣叢談」では井蛙流、井の中の蛙(かわず)である。

 ぼくは以前、古武術の名人と対談したおりに、藤沢さんの作品に使われている流派が現在残っているものかどうか訊(たず)ねてみた。近代以降の剣道史の上では消えてしまったという答えだった。

 時代小説を書くには、そういう心くばりをしなければならない。消えた流派ならば、その名の下にどのような秘剣が使われようと、誰も文句をつけてこない。

(作家、山形市)

 【隠し剣秋風抄】「孤影抄」に続く「隠し剣」シリーズの後編で、短編9作を収める。五間川、染川町など、海坂藩物ではおなじみの地名が登場。秘剣の使い手たちが、藩内の抗争や男女間の愛憎劇に巻き込まれる。「盲目剣谺返し」は、木村拓哉さんが主演した映画「武士の一分」(山田洋次監督)の原作。

(2007年10月4日 山形新聞掲載)

藤沢作品 こう読む

文字サイズ変更
  • 小
  • 中
  • 大

県内7市発行メールマガジン登録無料

ふるさとだより

週1回配信中!

ニュース特集

スポーツ

教育・子育て

おでかけ

暮らし情報

twitter発信中

山形新聞からお知らせ

  1. 【2017年8大事業】
     山形新聞、山形放送の2017年の8大事業が決まりました。詳しくは、こちらから
  2. 【やましん公式FB】
     山形新聞社は、インターネット交流サイト「フェイスブック(FB)」の公式ページを新設しました。
     公式ページでは山形新聞のニュースのほか、本社からのお知らせなどを中心に紹介します。
     アドレスは、こちらから
  3. 【やましんe聞で動画視聴】
     読者限定の電子版「やましんe聞」で動画を閲覧できる新サービスを始めました。詳しくは、こちらから。
  4. ◆中学、高校の各種スポーツ大会の記録を紹介。検索機能も備えています。アクセス方法はこちら
  5. ◆探したい記事がきっと見つかる、山形新聞記事データベース。他社DB横断検索が便利な日経テレコンジー・サーチファクティバ
  6. ◆県外でも今日の朝刊が朝一で読める「お届け電子版
  7. ◆ニュース速報、高校野球、モンテ情報、おくやみ… 身近な情報を携帯で確認「モバイルやましん
  8. ◆故郷の話題をメールでお届け、ふるさとメール会員募集(登録無料)
山形新聞から
販売から