女 底を流れる芯の勁さ

 樋口一葉「たけくらべ」に肥満、短躯(たんく)、才槌(さいづち)頭、短い首、出額、獅子鼻、反っ歯、色黒の肌、おどけた目つき、愛敬(あいきょう)のある笑くぼ、福笑いのような眉(まゆ)というふうに身体各所の特徴を列挙した人物描写がある。夏目漱石「草枕」の女の描写もそうだ。藤沢周平の初期作品「溟(くら)い海」にも「●(ほお)のあたりに、少し悴(やつ)れが見える細面に、やさしげに睫(まつげ)が翳(かげ)り、形のよい鼻から小さめな唇にかけて、男心をそそる色気がある」というふうに、お豊の総合的な像を刻む1節がある。特徴をまとめて描くこの筆致は、1点だけを印象的に描く近現代小説の傾向とは違い、古風な安定感がある。

 藤沢作品の人物描写は、外見上の特徴にとどまらず、性格なり感情なり内面の在り方を映すかたちで神秘的な魅力を印象づける手法が目立つ。「疑惑」のおるいは「黒眸(くろめ)が大きく、口もとは小さい」と道具を簡潔かつ客観的に説明したあと、「薄く化粧した顔が、内側から光が射(さ)すように艶(つや)がある」と展開する。「内側から光が射すよう」という比喩(ひゆ)の導入で肌の艶に深みが増す。「喜多川歌麿女絵草紙」では、着物を着ていても裸同然の薄っぺらな女と違って、おこんは「一枚一枚衣装を剥(は)いでいって、最後に裸があったというようなものです」と歌麿は滝沢馬琴に奥深い魅力を説明し、「その裸の奥に、まだ何かありそうだ」とさらに掘り下げる。「裸の奥」となれば当然、内に秘めた美しさにつながる。

 同じ作品のお品については、「青白かった顔に、もも色の血の色が浮かび、瞳はきらめき、時おり深い息をして胸が動くと、そのあたりから生ぐさい生気のようなものが寄せてくる」と官能的に今を語るが、その前に「全身を皮膜のように覆い包んでいた、もの悲しいいろは消え」と書く。「顔は白っぽく粉を吹いたように荒れている」と目の前の現実を写生する前に、「肌が内側からどよめくようだった輝きが消えて」と前置きする。今は失われたと否定する形であれ、どちらも内面を映す外見、肉体に反映する精神にふれる。

 抑制した筆致でさまざまな女性を描いてきた藤沢作品から、対照的な女を取りあげる。

 1人は「用心棒日月抄」の佐知で、主人公の青江又八郎を襲う刺客として登場する。その場面では「ややきつい顔立ちながら美貌(びぼう)」で、「眼(め)には、抑制された意志が、静かな光を沈めている」と描かれる。表情の硬い落ち着いた物腰ながら、ある話題になると「内側から射す羞恥心(しゅうちしん)に照らされて、不本意に女らしい表情になる」。「いつもの表情の少ない顔でそう言っていたが、声には真情がこもっていた」という記述も、音という現象の奥に内面の情を感じとる表現だ。「一瞬激情につき動かされた」ことを「あたかも忘れたかのように振る舞える」「抑制の強靱(きょうじん)さ」があり、内面の献身的な協力の気持ちを、「つつましく、ひかえめに」行動に移せるところに、この女の「なみなみでない勁(つよ)さがある」。

 「蝉しぐれ」の幼い小柳ふくは、主人公の牧文四郎に夜祭りに連れて行ってもらえると知ったとき「顔ばかりでなく、全身で喜びを現」すほどの無邪気さだ。「罪名を着て腹を切らされた」父の遺体を載せた車を引きながら上り坂で精根尽きて喘(あえ)いでいる文四郎を見つけて寄り添い、「無言のままの眼から涙がこぼれるのをそのままに」「一心な力をこめて梶棒(かじぼう)を」ひく一途(いちず)な姿もある。

 江戸屋敷に奉公に上がり、藩主の手が付いて男児を産み落とす。藩主の一周忌を機に仏門に入る決意を固め、その前に1度会いたいと文四郎を呼び出す。骨細の手、気弱そうな微笑、か細くふるえる声、ふくよかな肉づき、細く澄んだ眼、小さな口元といった頼りない外見の奥に、運命にもてあそばれた不幸な事情を背負うとはいえ、服喪中の側室が昔の恋人に忍び逢(あ)うという大胆な行動力もある。「文四郎さんの御子が私の子で、私の子が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」という名文句はこの最後の逢瀬(おうせ)で生まれた。ことばの粋というテーマで小津安二郎監督の映画をふりかえった近著の中で、この抑制の利いた愛の婉曲(えんきょく)表現を、お福さまの気品を示すと同時に作家藤沢周平のたしなみを映し出すシャイな日本語の一景として紹介した。

 ひきしまった肢体の佐知と、ふくよかな姿のふく、外見の対照的な2人の静かな女の底を一途な心情が流れている。いざとなれば男を導く積極性と、きっぱりと思いを断ち切る潔さ。藤沢好みのヒロインたちはそういう芯(しん)の勁さを秘めているように思われる。

(早稲田大名誉教授・山梨英和大教授、鶴岡市出身)

●は、順の川が峡の旧字体のツクリ

(2007年3月8日 山形新聞掲載)

表現散策十二景

  • 風
  • 姿
  • 女
  • 剣
  • 心
  • 食
  • 顔
  • 笑
  • 喩
  • 視
  • 始
  • 終
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