剣 惨状、目を背けず克明に

 講談の世界だと、群がる相手を餅のようにちぎっては投げ、ちぎっては投げする豪傑が登場して痛快だが、現実には命を懸けた斬(き)り合いも出てくる。

 森●外「阿部一族」に、武士として遇されない無念を晴らすために屋敷にたてこもった阿部弥五兵衛が、討っ手として差し向けられた隣家の柄本又七郎と図らずも槍(やり)を交える場面がある。その昵懇(じっこん)の間の立ち回りは、「弥五兵衛の胸板をしたたかにつき抜いた」という簡潔な記述で終わる。田宮虎彦「落城」でも、「肩口を斬られてひるんだところを胸もとを射ぬかれて前のめりに倒れた」のように経過を略述し、「首筋に尖矢(とがりや)がつきささって咽喉仏(のどぼとけ)にぬけていた」と結果を要約する。池波正太郎「剣客商売」では、「刀身と刀身が※(か)み合う音が闇を二つに割り、ぱっとはなれた2人は息もつかせずに、またもたがいに斬って出た」と読者の眼前で立ち合うように描くが、1人が「刀を落し、くずれ折れるように倒れた」として、すぐ勝敗の決する例が多い。

 藤沢周平作品の読者は手に汗をにぎり、息苦しい時間に耐える。

 それは事実、長時間に及ぶ緊迫した決闘が描かれるせいもある。「蝉しぐれ」では、殺到して来た相手の最初の一撃をゆとりを持ってかわし、反撃に転じようとした瞬間、「真っ黒な身体(からだ)が視野いっぱいに迫」り、「下段からはね返った竹刀が、目にもとまらぬはやさで胴を打って来た」と最初の応酬を描いたあと、「文四郎も動かず、興津も動かないままに時が移った。日はやや沈んで杉の梢(こずえ)の陰に回った」と時の経過を記し、「肩を狙って来るはじめの一撃はむしろ虚で、下段から襲いかかる切り返しが実である。返しの竹刀が神速を帯びるのはそのためだ」と悟り、「総毛立つ思い」の一瞬の差できわどい勝負を制するまでを克明に記述する。

 勝敗の帰趨(きすう)が知れない白熱の立ち会いを描くせいもある。「好色剣流水」では「左腕を深く斬られ、肩と睥腹(ひばら)にひと太刀ずつ浴び、何合目かに斬り合って擦れちがったときに、腿(もも)を斬られていた」という劣勢から、「一閃(いっせん)の剣を飛び込んで来た服部の肩に振りおろした。撥(は)ねず、かわさずただ相手の動きに乗り、捉(とら)えた一瞬の隙(すき)にむかって放つ流水の剣。ほの暗い宙空に、服部の右腕がとぶのが見えた」と逆転勝ちに見せながら、「そう見えたのは、服部の一撃に腹を斬り裂かれて、地に仰(あお)のけに倒れたからである」と解説し、やがて「灼熱(しゃくねつ)の痛みが、暗黒を運んで来た」と死を暗示して1編を結ぶ。

 読者の感覚に直接訴える筆致であることも見逃せない。「暗殺の年輪」では、「夜気を裂いて、はじめて二つの気合いが交錯し、躰(からだ)が烈(はげ)しい勢いで擦れ違った」と書いたあと、「左の上膊部(じょうはくぶ)に鋭い痛みを感じたが、そのまえに斬り下げた刃先が、鈍い肉の手応えを把(とら)えていた」と書くことで、斬られた痛みと斬った手応えを読者に実感させる。「又蔵の火」で、「丑蔵(うしぞう)の剣先が左の中鬢(びん)から★(ほほ)のあたりの皮膚を削」り、又蔵の顔面の左半分が次第に血に染まると書き、「半ば斬り放された己れの腕をみた。創口(きずぐち)はざっくり口を開き、白い骨と溢(あふ)れ出る血が視野を掠(かす)めた」と記すのも同様である。「風の果て」にある「山岸の剣はすれ違いながら隼太の肩の肉を削り取って行った。焼けるような痛みを手で押さえながら振りむいた眼(め)に、山岸の身体が地にのめるのが見えた」という個所も類例だ。

 惨状に目を背けず、凝視したものを残酷なまま読者に伝える筆は生々しい。「死闘」で、「空中に舞い上がった黒い物がある。手首から斬りはなされた善鬼の左手だった」とか、「肩から斬り放された右腕が、刀をにぎったまま、最後の微光がただよう空中に高く飛んだ」とかと書くのはその好例だ。「傷口からほとばしる血が、芒(すすき)の株の上に音を立てた」と同作で誇張ぎみに記すのも、「用心棒日月抄」で、「剣を握った片腕が空に舞い上がり、相手の身体が地響き立てて、傍の土塀に当たって落ちる」と描写するのも同様だろう。「一閃の剣で」頸(くび)を撃たれ、青眼に構えたまま剣を落とした静馬が、又八郎を見て声を立てずに笑い、「酒に酔った人間のように、右に左に大きく揺れ、ついに地面に膝(ひざ)をつ」くと、うずくまったまま体がはげしく痙攣(けいれん)する。斬られた人間の姿を見すえ、刻刻を追って描き、その最期を見届ける「孤剣」の筆の非情さに、読者は思わず目を見はる。

(早稲田大名誉教授・山梨英和大教授、鶴岡市出身)

●は、鴎のメが品。※は、口ヘンに齒。★は、順の川が峡の旧字体のツクリ

(2007年4月12日 山形新聞掲載)

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