笑 誇張や皮肉でおかしさ

 「マドンナだろうが小旦那(こだんな)だろうが」(夏目漱石「坊っちゃん」)のように無意味な類音語を響かせると滑稽(こっけい)な感じが出る。「ゴムホースを輪切りにしたような鼻の穴」(安部公房「他人の顔」)といった突飛な比喩(ひゆ)もおかしい。キャバレーのホステスが本居宣長について論じ出し客があわててノートを取る(井上ひさし「吉里吉里人」)といった奇妙な場面設定も笑わせる。藤沢周平の作品でも時折地味ながら笑いを誘う表現に出合う。

 「踊る手」に、夜逃げのように姿を消した家について「まるっきりカラッポということはないでしょ?」と聞かれた大家が「いや、それが何もない」と答え、「鍋釜も布団も、位牌(いはい)もない」と説明するのに不思議はないが、「残っているのは、寝ているばあさんだけだ」と続くその清六の言い方に、集まった近所の女たちは思わず笑う。取り残された「干柿みたいにしなびたばあちゃん」は憐(あわ)れだが、どこか滑稽な眺めでもあるのだろう。

 「証拠人」では、「心配いらぬ。夜這(よば)いは、それがしが防いで進ぜる」と本気で申し出た武士が心ならずも自分で夜這いをかけてしまう皮肉な結末を迎える。「嚔(くしゃみ)」にはそのタイトルどおり、緊張すると嚔が連発するという奇癖に悩まされる武士が登場する。「指一本動かすのも憚(はばか)られる厳粛な」席で、その前兆である「鼻腔(びこう)にくすぐられるような掻痒感(そうようかん)」を覚え、「眼(め)をつぶり、鼻を曲げ、口をゆがめて、出かかる嚔を押し殺そうと」必死にこらえる場面に、読者は思わずあの感覚を喚(よ)び起こされ、鼻がむず痒(がゆ)くなる。

 「臍(へそ)曲がり新左」の治部新左衛門は「稀代(きだい)の臍曲がり」で、その顔は、「顎(あご)が横にがっしりと張っている」のだが、それを「くぼんだ頬(ほお)の肉を埋め合わせるかのよう」ととらえる発想もおかしい。その新左は、娘と好き合っているらしい隣家の若侍に何かとけちをつけてきたが、いつか婿として考え始めている自分に気づき、少々いまいましい。使用人に「お似合い」と言われ、照れ隠しに「渋面を作った」ものの、燃え残りの薪(たきぎ)が消えて「庭が闇に包まれると、不意に相好を崩してにやりと笑」う。読者もつられてにやりとする。

 「一顆(いっか)の瓜(うり)」では、「先日屋敷に呼んで酒を飲ませ、塩鮭(しおざけ)半尾を贈った。彼は味方だ」と、わずか「塩鮭半尾で味方した大目付(おおめつけ)」が「てきぱきと始末をつけ」る。また、「命を張っての」「めざましい働き」をした下級武士が加増をあてにするが、何の沙汰(さた)もない。そういえば騒動の直後に真桑瓜(まくわうり)が1個届いたが、「まさか、あれがご褒美ではあるまいな」と不安になる場面もある。どちらも収支決算があまりにアンバランスでおかしい。

 壮絶な斬(き)り合いを間一髪で制した初老の武士が帰宅する。重傷を負ったかと心配して出迎えた女が、かすり傷とわかって安心し、思わず「熱狂的に抱きしめ」る。その怪力の女の「万力のような抱擁」で「メキメキと骨が鳴った」と記す「三ノ丸広場下城どき」のラストシーン。男が小声で「骨を傷めぬように」と頼むという念入りの誇張がおかしい。

 「もと用心棒に似つかわしい、あごがはずれるほどの大あくびをした」という「用心棒日月抄」のラストシーンも、「あごがはずれるほど」という誇張がユーモラスだ。「両の手であくびをぐつとさし上(あげ)る」という江戸時代の「誹風柳多留拾遺(はいふうやなぎだるしゅうい)」の川柳を思い出す。「よろずや平四郎活人剣」の「過去の男」という章も、平四郎が「腕をさし上げて、大きなあくびを」する結びだ。「一緒に浅草寺参りをする相手もいないのだから、あくびでもするしかしようがない」という注釈も読者の笑いを誘う。

 同じ作品に「いくらしゃべっても減りそうもない厚い唇」という主観的な描写が出る。おしゃべりするたびに両唇が接触して次第に薄皮がはがれるという科学的なデータはないようだ。仮にほんとに摩滅するとしても、あれが薄くなるまでには何世紀もかかりそうと思わせる唇なのだろう。肉厚の唇が偉容を誇る雰囲気に、読者の唇がほころぶ。「さほど高くもない鼻をうごめかす」「そうでなくとも尖(とが)っている口を不満そうにとがらせている」と、余計な口を挟んでからかうタッチは漱石の「吾輩は猫である」の語り口を思わせる。借金を返さない明石半太夫の、額などてらてら光っている血色のよい顔を見て「厚かましく肥え肥っている」と感じ、気弱な彦六を若い女が「かわいいおじさん」と評するのを聞いて「かわいいのは彦六より金だろう」とその魂胆を見抜く皮肉な筆致も同様だ。

 「三屋清左衛門残日録」で、小料理屋「涌井(わくい)」のおかみの周辺に「男の影らしいものはちらりとも射(さ)さない」という世間の評判を清左衛門自身も「何となく信じていた」と述べたあと、作者は「そう信じる方が酒がうまいという事情もある」という一文をつぶやく。論理を心理で言いくるめる、いかにも人間味のあふれた1行がしみじみとおかしい。

(早稲田大名誉教授・山梨英和大教授、鶴岡市出身)

(2007年8月9日 山形新聞掲載)

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