喩 魚や水、自然から材得る

 「地蔵まみえ」「げじげじ眉(まゆ)」という連想は自然に起こるが、「じゃがいものような大きな目」となると日本人の発想とは思えない。比喩(ひゆ)には民族の生活と文化が反映し、個人の感じ方や考え方も透けて見える。「輪郭のはっきりしない、何となくわんわん吠(ほ)えている様な大阪駅」(「特別阿房列車」)と不思議な感覚でとらえる内田百●と、「浅草で育った者には、銀座なんかの輸入品と違って、どこかに手織りのいい味があるんだ」(「浅草悲歌(エレジー)」)と生活感覚で心に分け入るサトウハチローとでは、ユーモアの感触が違う。

 佐藤春夫は「白銀の頭蓋(ずがい)骨だ」(「田園の憂鬱」)と月に頭蓋骨を連想し、川端康成は「月はまるで青い氷のなかの刃のように澄み出ていた」(「雪国」)と刃ととらえ、永井龍男は「貝がらのようにほの白い夕月」(「風ふたたび」)と貝がらに喩(たと)える。女性作家でも円地文子は「眉を逆さにしたような繊月」(「女坂」)、林芙美子は「マシマロのように溶けてしまいそうに柔かい月」(「女性神髄」)、向田邦子は「あの月、大根みたいじゃない? 切り損った薄切りの大根」(「大根の月」)と、連想がそれぞれ異なる。

 昔「日本語の文体」(岩波書店)という著書で、川端康成の比喩表現の調査結果を分析し、抽出された〈光〉〈水〉〈匂(におい)〉〈幼〉〈小動物〉〈神秘〉〈怪奇〉〈抽象〉という8系統のイメージ群が、自ら《孤児の感情》と呼んだ独特の自意識や感受性と結びつき、《稲妻》に象徴される非現実的な川端文学の美の世界を支えていることを指摘した。

 藤沢周平の比喩表現には、この作家のどのような関心や生活感情が映っているのだろう。まず目につくのは〈魚〉の連想、広くは〈水〉のイメージだ。「★も痩(や)せて、小茄子(こなす)を口の中で動かすたびに、しなびた★の皺(しわ)がのび、眼(め)だけぎょろりとしているので、水中の魚の顔のように剽軽(ひょうきん)な表情になる」(「ただ一撃」)、「行き交う人びとは、回游(かいゆう)する魚のように、無言でいそぎ足に通りすぎて行く」(「山桜」)といった例がその典型で、男の手がふれた瞬間の女の姿態の動きも、「腿(もも)の傷痕(きずあと)にふれたとき、不意に魚がはねるようにしがみついて来た」(「孤剣」)と、魚のイメージで描きとる。

 「よろずや平四郎活人剣」では、平四郎をじろじろ見て、娉(あによめ)が「そなた、少し痩せたそうな」と町方の暮らしぶりを案じ、平四郎が「これでも世の荒波に揉(も)まれていますからな。多少は身もひきしまります」と慣用的な表現で応じると、すかさず娉は「海の魚のようなことを言う」と笑う。

 魚類と概括せず、「水面に躍り上がった三月の鮠(はや)のように、若若しく凜(りん)としていた葉津の姿」(「三月の鮠」)、「仄暗(ほのぐら)い地面に、まぐろのように横たわって気を失っている」(小ぬか雨」)、「いろが白く平目のように肉のうすい顔」(「約束」)というふうに具体名が出る例も多い。水の縁で「海坂藩」を持ち出すのはこじつけだとしても、「ひっくりかえされた亀の子のように」、「蛸(たこ)のようにしなだれかかって」(「よろずや平四郎活人剣」)、「蟇(がま)のように尻でいざって」(「かが泣き半平」)、「立ちのぼる気泡のように湧(わ)いて来た考え」(「風の果て」)、「堆積(たいせき)した沈殿物のように」(「相模守は無害」)といった例など、水や水辺に緑のある喩えが豊富だ。

 穿(うが)って見れば、「母親の腹の中にいるような平安」(「二天の窟(あなぐら)」)も羊水に浸っている状態だし、「顔の奥から、ゆっくり笑いが滲(にじ)み出て来た」(「宿命剣鬼走り」)の動詞「滲む」も水分と縁が深い。腕の立つ武士は相手の鋭い剣先を「波に浮かぶように柔らかく身体(からだ)を屈伸させて」(「一顆(いっか)の瓜(うり)」)受け流し、不義密通の町人は「翻弄(ほんろう)される小舟のように欲望の暗い海の中をただよい流された」(「海鳴り」)と、水のイメージは続く。

 時代小説が圧倒的に多いため、「発泡スチロール」や「出会い系サイト」「ナントカ還元水」「メタボリックシンドローム」などを比喩に使うわけにいかず、おのずとイメージ制限はあるにしろ、比喩に使われるのは〈水〉関連以外でも、狸(たぬき)・蝙蝠(こうもり)・鶏・鼠(ねずみ)・蛇・蝶(ちょう)・蓑虫(みのむし)、山あじさい・ゆりの蕾(つぼみ)・桃・干し柿・へちま・松の枝、そして、草いきれや風など、そのほとんどが自然に材を得たイメージだ。それがこの作家の文学世界である。

 「厚い肉の下に潜んでいるしたたかなものに爪(つめ)を立てるように」(「溟(くら)い海」)、「とっくに投げ出した筈(はず)の人生に、まだもう一度撫(な)でさすってみたい部分が残っていた」(「帰郷」)といった抽象的な対象の触覚的な把握、「時おり風が吹きすぎると、光は中空で弾(はじ)け合い、力強くきらめいた」(「うぐいす」)、「日没前の光が溢(あふ)れていて、光を蹴(け)ちらすようにして、勢いよくひとが歩いていた」(「遠い別れ」)、「星もない闇(やみ)に、身を揉(も)み入れるように走り込む」(「暗殺の年輪」)といった感覚的な発見も楽しい。

 「闇がもの言うような、微(かす)かな風の音」(「溟い海」)の例には擬人的な恐怖がある。「そこまで来ている夜と、しばらくはじゃれ合いながら、ためらいがちに姿を消して行く」(「おぼろ月」)という擬人的な隠喩の例は、春の日暮れの質感を描く白眉(はくび)だろう。

(早稲田大名誉教授・山梨英和大教授、鶴岡市出身)

●は、間の日が月。★は、順の川が峡の旧字体のツクリ

(2007年9月13日 山形新聞掲載)

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