視 地の文で高まる臨場感

 円錐(えんすい)は真横から見れば三角で、真上から見れば円い。富士の姿もカメラの位置によってさまざまに映る。はるかな上空から俯瞰(ふかん)した地図はかなり客観的だが、写真には主観が入る。大岡昇平の「武蔵野夫人」に「道子の恋は一歩退いていた。これはそれだけ勉の恋が進んだためにほかならず、道子は自分が退いても、勉との距離が依然として変らないのに安心していた」という一節がある。困難な情事での女の恋は過度には至らないという傾向を、すべてを知り尽くす神に近い視点で、いわば地図のように描きとった文章である。

 「彼の眼(め)に映ってくる男たちの扁平(へんぺい)な姿、ゆっくり動いていた帽子や肩が、不意にざわざわと揺れはじめた」という吉行淳之介「驟雨(しゅうう)」の一文は違う。三人称小説だが、「彼」の眼をとおして対象をとらえる。男たちの姿が扁平で、にわか雨にあわてる通行人の動きが帽子や肩の揺れに見えるのは、彼が真上に近い高い場所から見下ろしているからだ。

 坪田譲治の「風の中の子供」に「柿の木の下へ行って見ると、そこにお母さんの大きな下駄(げた)がぬいである」という地の文が出てくる。母親の足が特別大きいのであれば「大きな下駄」という表現は客観的だが、ここは母親が木登りしている場面ではない。弟の三平が母親の下駄をつっかけて庭に出て柿の木に登っていると判断した善太が、普通サイズの女物の下駄を、頭に浮かべた小学1年生の小さな足と不釣り合いに感じて「大きな下駄」と表現したものであり、作者が善太の視点に立った形容である。こう書くことによって読者は善太の身になって読むことになり、子供が生き生きと描かれていると感じるのだ。

 藤沢周平の作品はほとんど三人称小説だから、基本的に客観的な描写がベースとなる。「老いた渡世人はその時まだ知らなかった」といった「帰郷」のタッチは、宇之吉のすべてを心得ている立場からの解説だし、「うしろの空に月がのぼって、それがまた見たらびっくりするような、赤くて大きな月だったのだが、むろんおさとは気づかなかった」という「おぼろ月」の冒頭場面も同様だ。作者はたしかに作品世界の外から見ている。

 が、時にこの作家は実にさりげなく作中人物の内側に視点を移す。「溟(くら)い海」は「お、先生じゃねえか」という会話で始まる。だれの声かは次のページまでわからない。冒頭の独立したその会話の直後に、「1度行きすぎた足音が戻ってきて、そういうのを聞いた」という地の文が続く。改行後に「北斎は、聞えないふりをした」とあって、聞いた人物はすぐ判明する。行きすぎたり戻ってきたりという判断には、そうとらえる人間が必要で、ここは北斎の認識をそのまま映したものだ。読者も自らを北斎に重ねて読むことになる。

 「おふく」に出てくる「肥った男は愛想のいい声で言ったが、その眼はぞっとするほど冷たいいろを帯びて造酒蔵(みきぞう)をみた」といった表現も同じだ。「愛想のいい」の部分は客観的ともとれるが、「ぞっとするほど冷たい」の部分はそう感じる人物、つまり肥った男に見られた造酒蔵の恐怖を映し出している。「背後から音もなく風が吹き抜けた。冷ややかな秋風だった」という「紅の記憶」の末尾も、文脈上「背後」が綱四郎の背後を意味するため、「冷ややかな」という判断も綱四郎の感じと解するのが自然だろう。いずれも、「その眼の冷たさに造酒蔵はぞっとした」とか、「秋風を背に受けて綱四郎は冷ややかに感じた」とかと、人物を外から観察する表現にしたのでは読者の感情移入は起こりにくい。

 「市兵衛は不快な気持ちが募ってくるのを感じた」という「冬の潮」の一文は、不快な気持ちが募ること自体は神に近い全知視点からとらえることも可能だが、「募ってくる」と感じるのは当人なので、市兵衛側に立った地の文と言える。「三屋清左衛門残日録」の「気持ちが若返る感じがする」「新しい世界がひらけそうな気もして来る」といった現在形止めの心理描写、「枯野」の「ちょうどいい時刻かも知れなかった」「びっくりしたようである」「気づいたらしかった」といった断定を回避して推測する形にした文末表現、同じ作品の「向島にあるこんな寺で」といった「こんな」という現場指示の表現なども、読者に作中人物の視点を感じさせ、当事者らしい臨場感を高める働きをしている。

 「盲目剣谺返し」は、今なら労災でも下りそうな事故で視力を失った、盲目の剣士の話である。「近づいて来る足音がした」という箇所は、果たし合いの相手島村の足音を「て来る」ととらえる三村新之丞(しんのじょう)の側から描いている。「島村は身仕度をしているらしかった」という地の文も、「らしい」という推測は全能の視点にはふさわしくないから、やはり新之丞の思考内容をそのまま伝えている。「そこから急に忍ぶような気配になって、ゆっくり近寄って来た」ととらえる文も同様だ。「暗黒の中に構えた剣のむこうに、かすかに身じろぐものの気配がある」という一文も、「むこう」と認識する新之丞の受けとった感じを伝える地の文である。

 こう書くことで、読者は新之丞と一体化し、見えない敵と対決する緊迫した気分に誘われ、思わず息をのむ。「島村はそこで立ち止まったようである」、「島村は馬場の柵(さく)を背負った筈(はず)だった」、「重いものは虚空から降って来た」と、新之丞となった読者は、見えない眼で一瞬一瞬の気配を感じとってゆく。

 やがて「重いものが地に投げ出された音」がして勝負は決する。読者も「徳平が走って来る」気配に気づき、ほっと息をつく。文章の視点のふるまいがもたらす迫力である。

(早稲田大名誉教授・山梨英和大教授、鶴岡市出身)

(2007年10月11日 山形新聞掲載)

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