終 読者引きとめる臨場感

 高田保の「ブラリひょうたん」に、選挙の立候補者を馬にたとえて皮肉った一文があり、政治家は馬にたとえられたからといって怒る筋はない、自分で「出馬」と言っているじゃないかと結んでいる。コラムではこんなふうに落ちをつけて終わるのも切れがあって面白い。が、小説は違う。昔、雑誌の企画で帝国ホテルの1室に吉行淳之介を訪ねた折、「短編で1番いけないのは、ストンと落ちがついて終わるもの。あれは作者の衰弱でしょうね」とこの作家は言った。1回ギュッと締めてフワッと放してふくらませるのがコツだという。

 夏目漱石は随筆「硝子(ガラス)戸(ど)の中(うち)」を1度結んだあと、鶯(うぐいす)、春風、猫という点景を書き加え、「家も心もひっそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放って、静かな春の光に包まれながら、恍惚(うっとり)と此(この)稿を書き終るのである」と書き足して結び、再び「そうした後で、私は一寸(ちょっと)肱(ひじ)を曲げて、此縁側に一眠り眠る積(つもり)である」という一文を添えて閉じた。このあたりはさしずめ吉行の言う「フワッと放す」部分のひとつの典型であり、絶妙の結びと言えるだろう。

 事件が解決して作品が終わったあとも、主人公たちは生きて暮らしてゆく。末尾にそんな雰囲気をチラッと見せて終わると作品に余韻が漂う。藤沢周平はその種の臨場感を大事にする。

 「おふく」では「小名木川の水も、造酒蔵(みきぞう)の背も赤い光に染まっていた」と、「胸をひたひたと満たしてくる哀(かな)しみ」とともに歩き去る主人公の後ろ姿を描いて作品を閉じる。「夜の橋」は、提灯(ちょうちん)の光に浮かぶ2人の影が人気(ひとけ)のない町を遠ざかる場面で幕が下りる。「どこかで夜廻(まわ)りの拍子木の音が微(かす)かにひびき、雪は音もなく降り続けていた」という最終文は、横網町へ向かう民次とおきくの感覚を思わせる一文を書きすてたものであり、そこでともに暮らす日々に読者の思いを誘う。

 「驟(はし)り雨」は、神社の軒先で雨宿りしていた男が、病気の母親を気遣うけなげな幼女に心ひかれ、さっきまで忍び込む先のようすを探っていたことなど忘れてしまう、そんなほのぼのとした幕切れだ。「雨はすっかりやんで、夜空に星が光りはじめていた」という末尾は、外から男を包む風景であると同時に、作品の現場でその男が見た光景でもある。また、男の内面をひとしきり雨のように驟り去った盗み心を象徴するシーンのようにも読める。

 「2人の失踪(しっそう)人」は、雫石村の2人の失踪人のうちの1人、弟の丑太は父親の敵を討って武家身分になったことを記し、「もう1人の失踪人、丑太の兄安五郎がどうなったかは、記録にない」と結んでいる。この作品が史実にもとづいてリアルに描いた小説であるかどうかは知らない。が、殺人のあったのが「文政12年4月14日のことである」という点は記録にあったとしても、それが「樹の芽が浅黄いろに煙るように見えた日暮れだった」というのは脚色だろう。江戸に着いたのが「14日の日暮れに近い七ツ刻(どき)」だとか、源竜という山伏に姿を変えた敵の村上源之進の顔が「高く張り出した頬骨(ほおぼね)の下に、頬は抉(えぐ)ったように陥没し、鷲(わし)の嘴(くちばし)のように鼻がとがっている」とかという記録があるはずはないから、多くは作者の創作にちがいない。ある部分について記録にないと記すこの末尾は、読者に作品全体を実話と思わせる働きを強化する。

 「遠ざかる声」は「額に汗をうかべたままじっと闇を見つめている」、「ただ一撃」は「行火炬燵(あんかこたつ)の中で、すでにうつらうつらしている」と結ぶ。中期以降、このように現在形文末で臨場感を漂わせ、読者をその場に引きとめる作品が増えた。「浦島」も「ひさしく触れていない妻女の柔肌を思い出し、今夜あたりは、冬の夜のつれづれに手をのばしてみようかと、怪(け)しからぬことを考えている」として終わる。もしかすると孫六に誘われて読者も怪しからぬことを考えるかもしれない。

 「紅の記憶」は「背後から音もなく風が吹き抜けた。冷ややかな秋風だった」として終わり、「吹く風は秋」も「少しまぶしすぎるほどの日が、弥平がいそぐ小名木川通りの真向かいにかがやいていた」と過去形で結ぶ。前者は風を背に受けて「冷ややか」と感じる綱四郎の、後者は真向かいから日を浴びて「まぶしすぎる」と感じる弥平の、それぞれ作品世界の実感を記して幕となる。読者はその雰囲気をひきずり、しばし余情にひたる。

 そこが現在形になると、読者は作中に置き去りにされた感じになり、まだしばらく小説の中で人物たちと時を過ごすような感覚がいっそう強まる。「由亀が茶が入ったと呼んでいる」という「用心棒日月抄」の末尾で読者は又八郎とともにその声を聞き、「さまざまな音を聞きながら、新之丞は茶を畷(すす)っている」という「盲目剣谺(こだま)返し」の末尾では自分も目を閉じて茶を啜っている気分になる。「小春日和の青白い光が、山麓(さんろく)の村に降りそそいでいる」という「たそがれ清兵衛」の末尾では、清兵衛とともに読者もその光の中を歩き続けるだろう。

 親に逆らったことのない娘が親の気に入っている縁談を受け入れ、浮いた噂(うわさ)ひとつないまま嫁入りしようとしているある日、往来でものにつまずいて下駄(げた)の鼻緒が切れかかり、通りかかった男の世話になるラストシーンで、「おさとは、胸の中にほんの少し不逞(ふてい)な気分が入りこんで来たのを感じている」という一文で幕を下ろす「おぼろ月」を読みながら、読者はいつかその気持ちがひとごとでなくなっている。一読者として作者の力量にまいったなあと思う瞬間だ。こんなふうにじっくりと表現を味わうなどそれこそ不逞の読み方かもしれないが、それもまた藤沢文学の楽しみのひとつである。

(早稲田大名誉教授・山梨英和大教授、鶴岡市出身)

(2007年12月13日 山形新聞掲載)

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