出会いのころ 「小説は面白く」に共感

 1月26日、亡き藤沢周平の10回目の忌日がめぐってくる。没後10年、これほど懐かしまれる作家は珍しい。こういう作家の旧友を名乗るおこがましさは控えるべきだが、作家生前に多少のゆかりのあった者として、その面影を偲(しの)ぶ思いには殊更なるものがある。

 昭和21年の春、後の藤沢周平、当時の小菅留治君は、鶴岡中学校(夜間部)を卒業して山形師範学校本科(現山形大学地域教育文化学部)に入学するため山形市にやってきた。置賜の小学校高等科から同じ学校の予科に進んだ私も、小菅君と同時に本科生となり、同じ寄宿舎に寝起きしていた。しかしその時はほとんどすれ違いほどの出会いにとどまった。本科生になった直後、私は軽度の肺結核が見つかって休学してしまったからである。

 したがって小菅君との付き合いが始まるのは、2年後の私自身の復学の時期まで待たなければならない。-私にとって幸いだったのは、予科時代からの友人小松康祐君が小菅君の親友だったことである。私は小松君を通して小菅君を知り、読書量ではるかに自分を凌駕(りょうが)する気配がありながら、多くを語らず、けっして声高には語らず、しかし時として洩(も)らす片言隻語に、はっとするほどの知と才の奥行きを感じさせるこの新しい友人に、密(ひそ)かな敬意とコンプレックスとを感じた覚えがある。

 小松君と小菅君の周りには、予科時代から親しかった土田茂範君(故人)や那須五郎君もいた。私が本科1年に復学したとき、彼らもとの同級生はすでに卒業学年の3年生で、教育実習その他で多忙だった。あるいは多忙そうに見えた。だから私は、新たな同級生、つまり1年生の松坂俊夫君(彼もすでに故人だ)と語らってささやかな同人雑誌を立ち上げることを計画し、休学前の同級生だった小松君や土田君、那須君らを誘い込み、もちろん、新たな畏友(いゆう)小菅留治君をもその中に巻き込み、ガリ版刷りの同人雑誌「碎氷船」を立ち上げた。

 それに先だって、原稿を持ち寄って綴(と)じるだけの回覧雑誌を回し読みする時期もあった。小菅君は回覧雑誌にはエドガー・アラン・ポーについてのエッセーを掲げ、「碎氷船」には、ザラ紙・謄写版刷りの小冊子にはもったいないような4編の詩を載せた。それが、後の作家藤沢周平がそのエッセーや年譜の中でなつかしげに回想する「同人雑誌時代」である。戦後の一時期のささやかな、まことにささやかな同人雑誌時代だった。

 同人雑誌の仲間とはいいながら、雑誌の合評会でお互いまだあまり飲み慣れない酒を飲んだことぐらいで、当時の小菅君との間にとりたてて言うほどの個人的な思い出は多くない。

 その中で1つだけ鮮明に覚えている場面がある。たまたま顔を合わせた古本屋(郁文堂書店?)から出た後に、喫茶店の片隅に座って語り合ったときのことである。古本屋から出た後だったから、話題はおのずから小学生のころにむさぼり読んだ少年倶楽部や立川文庫にも及んだが、お互い、それら男の子向きの読み物に限らず、「キング」や「主婦の友」、さらには「婦人倶楽部」など、わが家のうちや親戚(しんせき)の家にころがっている大人向きの娯楽雑誌を、といってももっぱらその中の小説だけだが、手当たり次第に読み漁(あさ)ったことを語り合ったものだった。

 「俺(おれ)たち田舎の百姓家には、『日本童話全集』とか『世界名作物語』みたいな、お子さま向きの品のいい本はなかったからな」と笑った記憶もある。そればかりか、2人とも小学校の高等科(今の中学生)のころ、菊池寛の「第2の接吻」を夢中になって読んでいるところをそれぞれの兄に見咎(とが)められて、「子供の読む本じゃない」と取り上げられた経験まで共有していることに驚きながら、「あれは題名が悪かったんだな」と笑い合ったのもその時だった。「しかし、あのころに読んだものはむやみに面白かった。俺たちの小説中毒もあのころから始まったんだよな」と話がはずみ、「あのころ読んだ時代ものや通俗ものは別としても、小説はやはり面白くなくちゃあな」というのがその場の結論だった。

 たったそれだけの思い出である。戦後文学は観念的で面白みが足りない、とまで言ったかどうかは覚えていない。お互い、難解晦渋(かいじゅう)な戦後文学をそれこそ観念的に尊敬していたころだったから、おそらく言わなかっただろう。しかし「やはり小説は面白くなくちゃあな」と言い合ったことは忘れない。そしてこの言葉は、後に作家藤沢周平となった往時の小菅君と再会して以来も、時々思い出したものだった。「小説は面白いのがいい、小説には面白さが必要だ」。もしかしたらそのあたりに藤沢時代小説の一方の原点があるのではないかと考えたりしながら、である。

(宮城学院女子大名誉教授、長井市出身)

(2007年1月25日 山形新聞掲載)

生涯の追憶

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