同人誌時代 詩人としての出発

 前回は、山形師範学校(現山形大)時代の出会いのころの思い出に触れて、少年時代の濫読(らんどく)体験を通じて小説の面白さに目ざめたことが、後の藤沢時代小説の一方の原点になったのではないかという見通しを語った。作者自身にも「おそらくは、本であれ映画であれ、かつてそれで胸をおどらせた記憶が、時代小説を書く衝動を呼び起こすのである」という言葉がある。

 先に〈一方の〉とことわったことにはもちろん意味がある。あのころ、後の藤沢周平、当時の小菅留治君や私たちが競うように読んだのは戦後文学であり、それ以上に外国文学(翻訳小説)だった。フランス映画やアメリカ映画を中心に、映画もよく観(み)た。時代小説は当時の私たちの視野に入っていなかった。それが戦後の文学青年一般の傾向だったが、小菅君は少なくとも私たち仲間の間では、読むのも観るのもぬきんでていた気配がある。

 しかし、小菅君がすでにぬきんでていたのは別にある。山形師範時代下宿を共にしていた小野寺茂三君(故人)が証言している。「あのころの彼はよく書いていたよ。1人の時間がありさえすれば、何か書いているという感じだった」。当時、小菅君には郷里に好きな女性(ひと)がいて、書きためた作品は彼女のもとに送っていたようだとも語っている。この女性との関係について、私自身がおぼろげながらその輪郭を知るのはずっと後のことになるのだが、送られた作品は恐らく詩、あるいはそれに類したものだったであろうことは推測できる。

 山形市在住の詩人真壁仁の鮮烈な詩集「青猪(あおじし)の歌」(昭和22年)が世に出た直後の時期だったし、「北国」(同21年)、「仙境」(同23年)の詩人丸山薫はまだ岩根沢(西川町)に疎開中だった。したがってこの2人の詩人が仲間の間の話題に上ることは珍しくなかったが、この詩人に対する、あるいは詩に対する小菅君の傾倒には殊更なものがありそうだった。果たして、一緒に出していた同人誌「碎氷船」に寄せられたのは4編の詩だった。-ザラ紙・ガリ版刷り24ページの、同人誌というにはあまりに貧し過ぎる小冊子に発表された4編の詩の意味は、みかけほど小さくはない。それは、作家藤沢周平が、時代小説作家であるよりも先に詩人だったことの証しだからだ。

 藤沢周平の詩人的資質、その詩的感性が、とくに「碎氷船」時代に目ざめたものとは必ずしも思わない。資質は天性のものだろうし、その感性は「碎氷船」のころより数年後の長い療養時代(24歳から6年間に及ぶ長い病気療養期間があった)の俳句への精進、とくに俳誌「海坂」への投句を通じていっそう磨かれ、より深められたものに違いない。「藤沢周平全集」第25巻には、13編の詩と、111句の俳句(私たちはやがてその中で、先に触れた〈郷里にいた好きな女性〉の目立たない後ろ影と出逢(あ)うだろう)とが収録されている。詩と俳句と合わせても、全25巻に及ぶ全集の中でわずか十数ページを占めるにすぎない。量としてはまことにまことに微量というしかない。

 しかし藤沢文学の愛読者の大方は、たとえば「蝉しぐれ」や「海鳴り」によって代表される藤沢時代小説が、世に流布する時代小説一般と趣を異にするのは、文章の要所要所に染みわたる清潔・哀切な詩情に由来するものであることをよく知っている。-藤沢文学の原点というならば、時代小説特有の物語性、その面白さとは異なるもう1つの原点がそこにある。そして「碎氷船」掲載の4編の詩には、やがて藤沢文学全体に通底する水脈からはじめて湧(わ)きでた小さな泉のような趣がある。

 併せて思い起こすことがある。ガリ版刷りの同人誌に先立つ回覧雑誌に綴(と)じ込まれた小菅君の原稿が、アメリカの詩人・小説家ポーに関するエッセーだったことである。江戸川乱歩の筆名の由来とされるエドガー・アラン・ポーは「モルグ街の殺人」その他の推理小説の作者としてよく知られるが、ポーは本来詩人だった。若き日の詩人小菅留治君は、詩人ポーに惹(ひ)かれたのだったろうか。しかし、後の藤沢周平が推理小説の熱心な愛読者であり(「推理小説が一番」というエッセーもある)、またみずから「彫師伊之助捕物覚え」連作をはじめ幾つかの推理小説仕立ての時代小説を書いていることを思い起こせば、いちがいにそうとばかりも断じきれない。

 今となっては読み返すすべもないのが回覧雑誌というものだが、そこにも後の藤沢文学に通じるかすかな水脈が潜んでいたとすれば、青春期の痕跡が暗示するものは必ずしも一様ではない。

(宮城学院女子大名誉教授、長井市出身)

(2007年2月15日 山形新聞掲載)

生涯の追憶

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